ぼちぼち回復日誌

元夫がギャンブル依存症。共依存やAC等の回復日誌。嫌なことバンバン手放し中。

現在転職活動中

ブログの更新が滞っておりますが、現在就活中なのでございます。

履歴書や職務経歴書、面接なんて10年以上もご無沙汰だったので、転職エージェントさんに頼りながら四苦八苦でこなしてる最中です。

オンラインの書類選考で跳ねられること多々……何とか面接に漕ぎ着けた第一弾の結果もまだでておりませんが、在職しながら探していますので、焦らず、ぼちぼち、一つずつこなしていきたいと思います。(私はせっかちだから期間は半年くらいを見ていきたいところ)

 

就職活動をやって私は絶望的に自信がなさすぎるということを痛感しました。学歴がない。職務経歴も勤務年数が長いだけで大したことない(気がする)。資格を取っておけばよかったと後悔などなど、自分に足りないもの、持っていないものにばかり目がいってしまいます。ちょっと面接で厳しいことを指摘されるとオドオドしたり黙り込んで、それを思い出しては「最悪」自己嫌悪に浸り……と我ながら情けない有様です。トホホ。

 

ただ二社目からは「あなたを面接に呼んだのは、会ってみたいと思ったから。そこは自信持って」と優しく声を掛けられて、帰りの電車でウルっときてしまいました。仮に落ちてもあそこの会社に幸ありますように!業績上がりますようにと祈ります。(最初の会社は……ゲフンゲフン!)

 

そして週末はのんびりしようと思いながらも、頭は次の面接の段取りや求人を見たり、今後の展望や不安などあれこれ余計なことを考えたりと、全く脳みそが休まっておりません。この休息を取れない癖(やる気が起きない無気力状態とは違う)の改善も自分の課題の一つだなって思ってます。

 

あれこれ考える中の一つに、どうやったら私はありのままの自分を認めてあげられるんだろう?って自己肯定感の向上があります。現実のお気楽な私を知る人や、うんちくを聞いて下さるブログツイッターで交流してる方々は「何でそんなに自信がないのかわからない」と思われるでしょうが、私は自分のことになると「私なんて」と及び腰になってしまうんですよね。人を褒めるのは好き。相手が喜んでくれると嬉しい。だけど自分を上手に褒められないし、自分を喜ばせるどころか否定する言葉を掛ける。

 

この歳になって親を引っ張り出すのは気が引けますが、私は家で素の自分を受け入れられていたって実感がほとんどありません。『しっかり者の長女』とか『頼りになるお姉ちゃん』ってポジションが自分に与えられた居場所、こなさなければならない立場だって思っていたし、いまもそれを求められているフシがあります。「家から出るつもりだ」と母に告げた際も応援すると肯定してくれたものの「男の子の○○(弟)は可愛いけど、しっかりしてるのはあんただから、本音はあんたと一緒に暮らしたい」と言われ、後ろ髪引かれるけど重くて苦しい思いに苛まれてます。ただ今までと違うことと言えば、私はもうそのポジションから降りたい!って強く思ってること。母の言葉でお互いのためにも離れたほうがいいと実感しました。(って言うか私は可愛くないんかいwとツッコメばよかった)

 

恐らく私の場合は「こうあらねばならない」っていう完璧主義思考で、そこから外れたから自分はダメだ。当てはまらない自分は劣っているという思い込みが凄く強い。ちなみにこういった完璧主義は他者に対しては全然思わないんですが、それはきっと無意識のうちに不完全な他者を認めることで自分を受け入れて欲しいっていう願望の現れだろうなーと、一人分析してます。

 

無理せずぼちぼち転職活動は続けていきたいと思います。

 

ラストは面接が終って母から掛けられカッチンときた言葉で締めたいと思います。

 

優しい言葉を掛けてくれた二社目のオフィスが綺麗な一等地にあったことについて→「そんな会社あんたじゃ受からないわよw」

 

活動初めてまだ一ヶ月も経ってなく二社しか面接受けてない→「あんたまだ決まんないの?もう人手不足の業界に行きなさいよ!」

 

私が転職を考えてる理由は

(1)元夫の一件があったので自分のやりたいことをやろう!

(2)今後のキャリアを考えよう(新しい業種に挑戦する?or今まで積み上げてきた経験をさらに突き進める?)

(3)親からちゃんと自立しよう(できれば物理的に遠い地へ)

なのですが(3)の思いが一層強くなった一幕でした。

 

昔からこんな感じです。……初めて会った面接官さんのほうが、温かくて優しい言葉を掛けてくれるってどうなんでしょうかね?

  

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