ぼちぼち回復日誌

元夫がギャンブル依存症。共依存やAC等の回復日誌。嫌なことバンバン手放し中。

女心と秋の空と強迫的ギャンブラー

まだまだ猛暑真っ只中で季節を先取りするのは気が引けますが、病的ギャンブラーだった当時の元夫の気の変わりっぷりに比べたら、秋の天気も女心も穏やかな春の兆しの如しです。それくらい強迫的ギャンブラーの感情の起伏は激しかったです。そんな状態で発する言動に私も一喜一憂して振り回されておりました。

 

以前、元夫の病院行く行く詐欺の一件をお話しましたが、おそらく元夫はその瞬間は病院に行こうと思っていたーー何となくの勘ですが、私はそう感じています。ただその気持ちが持続しなかっただけかなと。本人は「手持ちのお金だけで病院代が足りないと恥ずかしかったから行けなかった」と言っていましたが、この言葉はいまだに鵜呑みにはしていません。だって強迫的ギャンブラーは嘘つきだから。

 

以前も記事に引用したことあると思いますが、私が感銘を受けた言葉のひとつに

<ギャンブラーの言葉と涙は信用するな>というのがあります。

お金を引き出すためなら平気で嘘つく。泣いて謝った数秒後にはペロッと舌を出しているetc

ギャンブラーのタイプは様々でしょうが、ギャンブルやお金の件で嘘をつくという行為は概ね共通しているかと思います。

 

うちの場合は隠れてギャンブルと借金を重ねていったのはもちろんのこと

 

「ちゃんとする、迷惑はかけない」→具体性に欠ける上、さらに悪化した状態で2度目3度目が発覚

「病院に行こうと思う」「施設に入ろうかな?」→決意表明、宣言のみで終わる

「もうギャンブルはしない」→影でずーっと継続してたり、見事に再発

 

とにかく行動で示すよりも、言葉(嘘)で終わらせる、その場を取り繕うことが多かったです。これは依存症者だけに限った話じゃなく私自身にも言えることですが、口だけすぐにマイナスの印象や評価を覆そうとしたり、相手を説得しようとか納得させようとしたりとかしちゃうんですよね。

「宿題やったの?」→「今からやろうと思ってた!」的な。酷いのになると「やろうと思ってたけどそんな風に疑われてやる気がなくなった」とか言い出しますから。指摘されて慌ててやるほうがまだ可愛げがあります。

 

嘘にも意図的な嘘(借金の額を正直に言わないとか、隠れてギャンブルに通うとか)と、約束をふいにして結果的に嘘をついたことになった(箇条書きにした上記3つがそれですよね)の2種類があって、いずれにせよ私……私たち家族は嘘をつかれた、裏切らたとショックを受けます。今なら「強迫的ギャンブラーの二大特徴は嘘と借金だしね」と言えますが、わかっていても嘘をつかれたり、あざむかれることは傷つくし嫌です。私だってまだ籍を入れていたとしたら、こんな風にブログにおちゃらけて書くことはできなかったかもしれません。

 

夫婦という贔屓目の入る関係でも、傍目に見て元夫の感情の移り変わりは本当にめまぐるしかったです。ギャンブルと借金という病気真っ只中にいたときは、死にそうな顔だったけど、私にバレてからは憑き物が落ちたようにスッキリとした清々しい顔に変わったり(馬鹿な私はこれを「反省して元の夫に戻った!」と勘違いした)

別居後は段々と生活と心身が比例するように荒れていって、目つきも悪くなっていました。私がいなくなったことよりも、ギャンブルが止まらず金策がうまくいかなくなったのが主な原因かと思います。提案(元夫にとっては小言)に対しても『貝になる』を貫き、病気が進行してくると「わかってるから!」とこちらの話を苛立った様子で遮るようになりました。

元夫はあまり感情をむき出しにして怒るタイプではなく、どちらかといえば理性的で穏やかな人だったのでビックリ!病気がそうさせたのか、それともギャンブルという防波堤が崩れかけたことで元夫の抱えている内面が出てきたのかは不明ですが、本当に別人のようでした。おかしなことを言い出したり話が通じなく、宇宙人の方が意思疎通うまくいくんじゃ?とすら思いましたもの。(今考えれば別の人間なんだから意思や意図が全部通じるっていうのもおかしな話なんですけど)

 

けどそれ以上に病気って怖いなって思ったのが、感情の振り幅が大きくなっていたことです。ケロッとしたかと思ったら、死にそうな顔をしている。しばらくするとやけに仕事に意欲的になったなぁ思ったのも束の間、段々イライラしてるのか言動が乱雑になる、と、明らかに情緒不安定で、冒頭で述べた通り感情の起伏が激しくなっていました。今、改めて振り返るとそう思います。

 

けどあのとき、対峙していた私はそれが見えてなかったんですよね。

 

当時の私は過去の姿こそが本当の夫だと思い込んで、今の目の前に立っている元夫(イコール現実)が見えていなかった……見ようとしていなかった気がします。そういう意味でも、家族内だけで抱え込むことは得策じゃないな、と。家族間だと目をそらしたり、曇りまなこになってしまうのはあるあるですから。

病識があって冷静で線引きのできる第3者という外部の風を入れることは大事だなと痛感しています。

 

元夫はギャンブル依存症(主観ですが、かなり病気は進行していたかと)ではあったけど、それさえなければ真面目で優しい人でした。結果的にギャンブルによる借金がきっかけで離婚になりましたが、依存症関係のない夫婦間の問題はうちにもあって、私にも悪いところはありましたしね。けど、それはどの夫婦でも一緒だと思います。完璧な夫や完璧な妻なんていないし、お互い足りないところを補いつつ……だったり「できないからしゃーないよね」と許容しあったり、それぞれの形で一緒にやっていけたらよかったけれど、私たちはそれぞれの人生を歩こうって結論を出しただけ。

 

今の知識量で1年前に戻れるのなら、相談できる人や機関に相談する。もっとできるなら「決意表明じゃなく、病院に行って診断書を貰ってきてから言って」と手を離すこともできたかもしれない。介入してくれる人がいると知ってからは思い切ってお願いして、施設や病院に繋げてもよかったかもしれないなー、なんて思いますけど、これだってやったからといって私の思い描いていた通りの結末になるとも限らないですよね。

 

ついつい「たら」「れば」を考えてしまうけど、無意識に考えてしまうこともだし、考えてもしょうがないことです。

私の正解は今やこれから先に作ることだってことで、のんびりやっていきたいところです。

 

 

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