ぼちぼち回復日誌

元夫がギャンブル依存症。共依存やAC等の回復日誌。嫌なことバンバン手放し中。

自助グループを勧めることの是非

最近ちょっと考えていたのが、ギャンブルが辞められないという人たちに自助グループを積極的に勧めていいものか?ということです。(そんなに深刻には悩んではいないけど)

 

私自身が自助に繋がり始めたばかりのころは自分が救われたということもあって、積極的に勧めていたのですが、人によって合う合わないがあること、何より私は人のことより自分のことを優先させよって気持ちに至ったので、以降お節介と自戒してやめてます。

 

リアルの知り合いであれば膝を付き合わせるなり電話なりでフランクに「こういう場所があるよ?」って気軽に話を持っていきやすいです。家族の立場の人であれば多少は共感はできるので家族会や家族向けの自助グループの話もしやすい。ですがネットを介したお付き合いの当事者さんになると、色々考えて尻込んでました。

決して所詮ネットの付き合いしかない相手だから深入りする必要はない、と思っているのではなく、顔が見えないからこそ「踏み込んでいいのかな?」とか「嫌がられないだろうかな?」とか相手の機微がわかりづらいので悩ましく感じていたのです。すでに出向いていていたり、理由があって足が遠のいている場合は余計なお世話になるでしょうし。

けどこうやってあれこれ悩んだり迷ってるうちは、アドバイスを乞われてもいないのに出しゃばるのはやめて、お口にチャックが一番かなーと自分で結論付けました。つい口出し過ぎて険悪になっても嫌で面倒ですし。

 

それにこういう話は同じ当事者さんのが持っていきやすい気がします。

私のツイッターのフォロワーさんには自助グループに積極的に通っている人が結構いらっしゃるので、当事者ではない私は一歩下がって静観orたまにアシスト程度がいいかなと、そう考えています。シチュエーションによっては私のような立場の人間は目の上のたんこぶだったり、あれこれ言われたくない相手でしょうから。今はプロフェッショナルの介入職の方もいらっしゃいますし、私が何とかしようと思い上がるんじゃなく、その人自身やその周囲の人たち、そして自助でいうところの大きい力に委ねることも大事かなって。

 

それでも微力だけどできるとすれば、こういった場所で自助グループや回復施設などがあるということをちょこちょこ喧伝(弱小ブログや普段アフォなことばかり投下してるツイッターくらいのですが)して、誰か1人にでもその存在を知っておいてもらえたら御の字だな、くらいのゆるーいスタンスでいることでしょうかね?動機も誰かのためにと据えるのではなく、自分が回復する、前進するためにって軸でやっていきたい。

 

依存症は本人の意志の問題ではないけれど、向き合わなければいけないのは誰でもない本人です。そしてその言葉はそっくりそのまま私にもあてはまるフレーズです。だったら私は私のケアを優先すべきですな。

 

 

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