ぼちぼち回復日誌

元夫がギャンブル依存症。共依存やAC等の回復日誌。嫌なことバンバン手放し中。

おススメ書籍紹介~反省させると犯罪者になります~

GWですね。薄給貧乏暇なしの私は読書タイムに入りたいと思います。

ご無沙汰だった、書籍紹介もやっちゃいます。今回はこれ。

 

 

なかなかセンセーショナルなタイトルですが、内容はとてもわかりやすいです。一部刑務所の仕組み等の説明で中だるみする部分はありましたが、依存症関係者はもとよりACや共依存の自覚がある人、お子さんをお持ちの方にもおススメしたいです。タイトルや著者の経歴から一見犯罪心理学の本かと思いますが、そう限定するにはもったいないくらいの心理学の良書でした。

 

折しもこの本をアマゾンでポチった後、速報で流れたきたのはTOKIO山口達也さんの強制わいせつ罪。おまけにアルコール依存症疑惑も勃発し、私のツイッターもその話題で持ち切りでした。

私のフォロー&フォロワーさんは、ほとんどが依存症関連者の方なので「あれはアルコール依存症で間違いないだろう」と満場一致。けどその後の見識は人によってわかれてます。会見の内容を「依存症者特有の否認」と捉えている方、「我々が判断できるのはニュースで流れてくる起こったことだけ。本人なりに内省や後悔はあると思う」など反応は様々です。私も親しくしているフォロワー兼ブロガーさんとリプで会話させて頂いたのですが、意見の相違はあれど有意義なお話ができ、いい勉強になりました。

 

話が個人的なことに脱線しましたので本筋に戻します。ナイスタイミングなので、今回の一件を絡めつつ、本の内容に触れていきたいと思います。

 

その前に前置きとして……私は決して山口さんを擁護するつもりは毛頭ありません。被害届が取り下げられたからといっても、彼のやったことは女性として以前に人間としてとても憤りを感じていますし、被害者の女性やそのご家族に穏やかな日常が戻ることを切に願っています。

 

ニュースが謝罪会見で一色なので、多くの方が山口さんのやったことや会見の内容、また他のTOKIOメンバーのコメントを見聞きしている方が多いと思います。

ご本人は涙ながらに、しきりに〝自分の甘さ〟と謝罪を口にしていました。他のメンバーは被害者や関係者、ファンの方々への謝罪とともに、山口さんに対してはかなり厳しい言葉をかけていましたね。

 

私の予想ですがそれを見た大半の人が「あまり反省していないんじゃない?」と疑念を持ったんじゃないかなーと思います。事が起こったのが2月。被害届は取り下げられたとは言え、好感度の高いアイドルの未成年へ強制わいせつ。待ってましたとばかりにこのタイミングで噴き出す「以前からあった素行の危うさや酒乱疑惑」

今まで男気を感じさせるキャラで好感度が高かっただけに、嫌悪感への反動が大きく、そういうものが合わさって「ガッカリした」「そんなことしでかしたのに今まで平然とTVに出てたんだ……」と失望も大きくなるのは当然かと。

 

彼に限った話じゃないですが謝罪会見もテンプレートのようなお決まりの形です。

山口さんの会見でも出てきた「自分の甘さ」というワードはよく使われてますし、他にも「弱さ」とか「未熟」なんて言葉も多用されてます。2世タレントがやらかしたときの芸能人の親御さんの場合はほぼ「自分の躾の至らなさ」を口にします。(とっくに成人しているのに)

「できればTOKIOに復帰したい」「お酒は〝今は〟控えたい」と言った下りだけは、正直なお気持なんでしょうが、案の定「酒の問題にすり替えるな!」「何甘いこと言ってるんだ!」「今すぐ断酒しろ!」と厳しい意見が噴出してました。同じTOKIOのメンバーからも「(記者から誘導されたとは言え)復帰したいなんて聞いてガッカリした。被害者やそのご家族への謝罪をもっと口にすべきだった」と糾弾されていました。「男として情けない」と叱咤もされていましたね。

 

「男として」「親として」「社会人として」「大人として」「弱さ」「甘さ」「未熟」「不注意」どれも抽象的でぼんやりした言葉ですが謝罪会見や反省文などではよく使われてます。偉そうに述べてる私だって、会社の車で事故を起こして始末書を書かなければならなくなったときに上記の言葉を使ってはいけないと制約がかかると、絶対手が止まります。それくらいお決まりで使い古されたフレーズだからこそ、これらを並べてもみんな簡単に納得はしてくれません。けれど赤裸々に本音を述べたら「全く反省していない!」と一層叩かれる。だから前者のような無難でありきたりな模範的な謝罪(文)を出すのがまだマシという状況になってるんじゃないでしょうか。

 

山口さんは反省した?それとも反省させられた?正直私は後者だと思います。

 

事件が速報として明るみに出た翌日に、山口さんは謝罪会見を行いました。本人が自発的に心から望んでやったんじゃないことは社会に汚染された揉まれた大人なら薄々勘づいてるはずです。ニュースに出たからだろうなと誰しも考えてるでしょうし、早急に被害者、ファン、関係者へ謝罪し、反省の弁をを早急に述べなければスポンサー様も世間も許しません。乱暴に断言すると「反省せざるを得ない」「反省させたれた」と言っても過言じゃない。

 

まさにこの本の内容に合致する出来事でした。

 

 

この本の著者は「反省の強要は抑圧を生み爆発する」とズバリ言ってます。また人間の心理として事を起こしてしまった際、一番先に心配するのは自分や自分の周囲のことであるとも書かれています。第三者や被害者視点で見ると、身勝手で虫のいい話に聞こえますが、私含めて多くの人間が何かをやらかしてしまったときにまっさきに考えるのって「なんてことをしてしまったんだ!」「自分はこれからどうなるんだろう!」という心配や後悔ですよね。後悔は反省と似通って重なる部分もありますが、全く別物です。

 

また、これは別の本で知ったのですが、ストーカーや性犯罪の実行犯はいわゆる「認知の歪み」を抱えている人が少なくないそうです。ストーカーで例えるなら付きまとい行為で逮捕された犯人が被害者に対して「自分たちはつきあっていた」と口走っているのがそれです。

こちらからしたら「お前は何を言ってるんだ?」となりますが、彼らの脳内では本当に事実としてインプットされているのです。そうでなくとも自分の罪に向き合うのが怖く、現実逃避するあまり被害者に責任転換したり逆恨みしたりすることも十分考えられます。これは依存症でもよく見られる光景です。アディクションで例えると「お前が○○だから酒を飲まずにいられないんだ!(責任転換)」「ギャンブルで作った借金はギャンブルで返さなあかん!(認知の歪み)」みたいな。

 

上記は間違っている上、とても身勝手な考えです。けれどそう思うに至るには理由があり、そこを掘り下げないまま無理やり押さえ込ませ抑圧させて……反省を強要すると、果たして罪やことを起こしてしまった人は自分の罪に向き合って本当の意味での反省をするでしょうか?著者はずばりNOだと突きつけています。そのようなことをすると、本人が犯罪者(山口さんの場合はすでにやらかしていますが……)か病気になるか世代連鎖でいずれ家系に犯罪や非行に走る者、精神的な病気に罹患する者が出ると断言してます。それが事実かどうか検証する気になんて到底なれませんが、私はとても説得力がありスッと耳に入ってきたんですよね。

 

「じゃあ反省しなくてもいいのか?被害者は泣き寝入りしろと???」と思う方もいらっしゃると思いますがそうじゃないんですと声を大にして言いたいです。

 

長くなったので次回に続きます。



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