ぼちぼち回復日誌

元夫がギャンブル依存症。共依存やAC等の回復日誌。嫌なことバンバン手放し中。

私の神様(ハイヤーパワー)の概念について

宣言するまでもありませんが私はクリスチャンではありません。
一応広義の意味では仏教徒になるんでしょうが、敬虔な信者とは程遠いです。

洋画を見ているとほぼ誰かが口にしている「オーマイゴッド」という台詞。
または神妙だったり穏やかな面持ちで登場人物が聖書の一節を口にするシーン。
私の場合、ピンチになっても「仏様!」なんて言ったり、般若心経を唱えたりなんてしません。
だからアノニマス自助グループの冊子やミーティングで飛び交う「神」というワードに違和感を覚えることはいまだにたくさんあります。
もっと正直になると「神」「ハイヤーパワー」ってワードがポンポン飛び交うとムズムズっとするし「神の道具として云々」とか言われても「道具かぁ……やだなぁ」なんてとんでもないこと考えたりしてます。

 

そんな私でも自分を超える大きな力というものはあると信じています。

 

例えば私が病気になったと仮定して成功率6割の手術を受けなくてはならなくなったとしたら、私には結果をどうすることもできません。無論家族や親しい友人達も然り。せいぜい成功を祈るーー神頼みくらいしかできない。
手術自体はお医者さんを始めとする医療スタッフに託すことになりますが、医療だけの技術で成功率を100パーセントにすることも不可能。
その誰にもどうすることもできない部分が自分を超えた大きな力(いわゆるハイヤーパワー)なんじゃないかなーと、〝私は〟思ってます。

 

以前、自助で仲間の方が言っていたフレーズで印象的だった「自分の領域。相手の領域。神の領域」(最後のところ、私は一神教にはどうも馴染めない性質なので流れや天命に任せるという自己流に解釈しました)
今は対人の線引きを学び中ですが、いつかは最後の部分のラインも弁えられるようになりたいとは願ってます。

このお願いも、自分の努力も必要だけど委ねることも大事なんだろうなーって頭でわかってるって段階です。そのうち体感する機会を得られるかもしれませんし、そんな日は訪れないかもしれない。それこそ天命次第。

 

多分抽象的なものを客観的にわかりやすくするために「神」「ハイヤーパワー」って言葉にしたから違和感覚える人が少なくないんだろうなと感じてます。

でもこれは多くの他の方も仰ってますが、それぞれの解釈でいいんじゃないかと。

明らかに宗教チックだなって他の方の分かち合いは、秘技:持って帰らない(その場に置いていく)or自分の信じる力に自動変換という選択肢もあるので。

こんないい加減な私も、ミーティングとかでいつかは180度コロッと考えが変わるかもしれませんしね。流れに委ねまーす。

  

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ギャンブル依存性の家族・友達へ
にほんブログ村