ぼちぼち回復日誌

元夫がギャンブル依存症。共依存やAC等の回復日誌。嫌なことバンバン手放し中。

時々落ち込むこともあるけれどぼちぼちです。

離婚してもうじき二か月。別居期間から換算すると半年以上。感傷に浸ることはあるけれど少しずつ自分の足で日常を歩いてるぞ!って実感できるようになってきてます。

 

それと同時に悪い癖だった可哀想な人大好き病も、徐々に小さくなってきてるなって思います。

いい意味で相手に期待しない(自分の気持ちは伝えるけれど、それを受け入れるか否かは相手に委ねる、みたいな)でいられることが増えたし、自分の気持ちを優先させるという意味での〝自己中心的〟な考え方が多少なりとも入ってきたので、気持ちは少し楽になりました。

あれこれアドバイスしたい病が出かかることはあるけれど、かつての私がそうだったように自分で体感しないと落ちてこないだろうし、それぞれにタイミングやターニングポイントがあって、それは私にはどうこうできないことなんだとストッパーが働くようになったのかなーと。まぁこれ、私の自己申告なのでちゃんとできてるか怪しいところですけどね!

 

それとここは自分のブログーーすなわち私の城(違う)なのでぶっちゃけトークでいきますが、そういう相手とべったり接していると、すっごく疲れるようになったんですよね。

もちろん、困ってる人同士お互い様の相互支援で助け合ってやっていきたいって気持ちはあるんですけど、ズルズルっと引きずられたり自分そっちのけで頼まれてもいないのに奔走したりすることに、違和感を覚えたりしんどいなーって自分の気持ちが現れてきました。今はそれを大事にし、程よい距離感を保ってやっていきたいなって。

 

他の人間関係も同じです。例えば合わないなって人がいた場合、今までの私の手持ちカードは戦うか我慢の基本二択で最終手段が自爆だったけど、静かに離れる、受け流す、ほどほどの距離を取るというカードも増えてきつつあるし、無理に相手をいい風に想おう、解釈しようとしなくてもいいんじゃないかとも思い始めてきてます。

苦手なものは苦手。嫌なものは嫌。でもいいじゃんと。それ自体に罪悪感を覚える必要はないんだなって。

ただそれをあからさまに表に出したり、相手を説き伏せたり攻撃しようとするのは自分が嫌だからやめておこうと。

残念ながら私は聖人君子には到底なれそうもないから、自分がしんどい生き方から解放されればいいやって、開き直りの境地です。

でもでも、内心ちょっとは変えられないものを受け入れる落ち着きと、見分ける賢さの芽は出たのかも?なんて己惚れてたりします。(勇気はまだまだですけどね)

 

可哀想な人助けてあげたいお節介病がなくなることはないだろうから「自分はそういう癖がある」と認識して、その気持ちが大きくなったり、発動しそうな場合は早めの対策は取っていきたいところです。

 

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