ぼちぼち回復日誌

元夫がギャンブル依存症。共依存やAC等の回復日誌。嫌なことバンバン手放し中。

私ができること

依存症者や旦那さんの借金癖に悩んでいる奥様ズとお話してるときに時々思います。

「どういう対応がベストなんだろう?」って。

年始初参加のギャマノンのMTでも似た話題が出たので、アノニマティに反しない程度で自分の考えを織り交ぜながら書いていきます。

 

恐らくこれって正解はない気がします。

 

まず尻拭いや肩代わりは絶対にNGっていうのはギャンブル依存症を知っている方なら周知の事実ですが、それが原因でライフラインが止められる!ってなったとき、そのお金はどうすればいいのだろう?

別所帯なら自業自得で放置でいいけど、同居している家族としては?子どもがいたり働いてない場合は?

 

残念ながら私はこの質問へ答えられる知識と経験を持っていません。

うちは子どもがおらず、自分が働いていたのと帰る実家があったので恵まれていたし、元夫は借金まみれだったとは言え、(当時は)職もありました。

家賃は会社補助で賄われていましたしね。

 

なので私にできることは、同じ悩みを抱える人の話をただ聞いて、自分の体験を話すことだなーーそう結論を出しました。

恐らくギャマノンの役割もメインはそうだと思います。

ここでお節介モードを発動させ、あれこれ調べて「こうしたら?」「ああしたら?」とやってしまうと、相手の反応が芳しくないときに自分が勝手にした期待を裏切られたと感じてしまうでしょう。

 

誰かが言うことが唯一の答えじゃない。目の前の人が成功した方法が自分にも有効とは限らない。主語が私になっても同じです。

ただ人の体験を聞いて、自分のことを話して。受けたアドバイスをどう捉え使うかは相手次第であり自分次第。

そういうフェローや話題の機会は、私にとっての回復への機会でもあり生き直しの練習でもあるのです。

体験を話すことで私も自分のことを見つめ直すことができます。

聞いてくれる誰かの糧やきっかけになる「かも」しれない。

それが私にできることだろうな、と思います。

お世話になった恩もありますし、だからこそ離婚した今後も私にはギャマノンが必要なのです。当然「元ギャン妻」としてのツイッターもね。

 

というワケで、少し自分語りをすると、私は別居という手段を取り、ギャマノンに繋がりながらも、当初は手を離すことができずにいました。

不安の先取りをこじらせた結果、ちょっと連絡が取れないと「自殺したんじゃないか?!」とパニックになったり、求められていないのに食料の差し入れしたりとか。

けどこれは元夫のためというベールを被せた『自分のため』でした。

自分が苦しかったのです。自分が助けてあげたかったから。

けど上記は杞憂だったり、無駄に終わりました。

よかれと思って持って行った差し入れも手つかずで廃棄されてたの見ましたから(笑)

私が勝手に「野菜もとらないとね!」とお節介モード発動させて入れておいた冷凍ブロッコリーなんて封が開けられることのないままでした。

食べ物を粗末にして本当に申し訳ない。

 

そんなものです。

 

元夫も苦しんでいたのでしょうが彼と私は別なので心のうちはわかりません。

けどわからなくて当然なのです。

元夫がギャンブルをとめているのであれば、それは彼がとめる必要があると思ったからでしょう。

そしてそれは家族恋人友人よりも、同じ嗜癖で悩み「ギャンブルをやめたい」と願う人たちの輪で、〝彼ら〟に託すこと、もっと大きな力(GAやギャマノンでは神やハイヤーパワーと呼ばれてます。私は神もハイヤーパワーもしっくりこないので、大きな力と呼んでます)に委ねるのが有効なのかもしれないと思うに至ったし、

その思いを固めるやりとりも目の当たりにしました。

 

スリップを告白した人にかける言葉。家族の私の言葉よりも同じ嗜癖で悩む彼らのほうが、家族の私が聞いてても言葉の重みが全然違ってズシンとくるんですよね。

同じエールでも全然違う。私では決して口することのできない、したらいけない

キツく責めるわけではないけど毅然とした声かけ。

きっと同じギャンブラーの中でも同性だから言えること、独身、妻子持ちだからこそ贈ることのできる言葉があるんだと思います。

 

(元)家族としては少々悔しいけれど、よくよく考えると、私自身AC系のMTに通っているのに、何で家族は全てを賄える偉大な存在、みたいに期待を寄せていたんだろう?と今となっては少しだけ笑えます。

 

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