ぼちぼち回復日誌

元夫がギャンブル依存症。共依存やAC等の回復日誌。嫌なことバンバン手放し中。

ワーク途中経過

案の定、真面目に進めています。ドMなのでトラウマの回想の部分は規定の4日間以上にじっくりゆっくりやりました。ここはブックマークを下さる読者さんも懸念していたとおり、人によっては辛い作業になると思いますので要注意です!

 

 

今は手放す作業に入って、写真や絵に向かって言いたいことを言う&手紙に書くという作業をやっています。なかなか安全地帯&タイムが捻出できず、写真に向かって言いたいことを言うという作業が思い通りにいかなかったのですが、休みの前日の夜という超テンションにチャンス到来したので、適当に似顔絵(わざと変な顔に書いてやったぜ!)を書いて、思いの丈をぶつけました。これが効果覿面ですっごくスッキリ!

このアウトプットは今後、嫌なことがあった際にもやっていこうと思います。

いや〜言いたいことを思いっきりぶつけるってスカッとしますね。相手は絵(写真)なので言い返してくる心配もないし、私の悪い癖【言わずに抱えて心にゴミを溜める】の解消にもいいです。最近読んだ本にも書いてあったのですが、最初に自分の言いたいことを相手を自分本位で相手を悪者にしてまで口にすると、後半になると自分の本音(内省だったり、寂しかった○○してほしかったと言う欲求)が生まれてくるそうです。私も例に漏れず、最後は「唯一無二の味方になってほしかった」「そのままの自分を受け入れてほしかった」「やってもやっても認められず、ダメなところだけは叱責されたのが辛かった」「肉親を悪く言われたことに傷ついた」と色んな【自分の】感情が出てきたのが収穫でした。

 

私は近しい存在に対して、言いたいことをうまく言えません。傷つけたりしたくないのですが、恐らくそれは建前で返ってくる相手の反応で自分が傷つきたくないからです。傷ついた顔をされて罪悪感を抱きたくないし、反論されたり罵倒されたくないといったものです。

それと社会性や常識を出されると途端に及び腰になります。「その態度は社会人としておかしい」「常識はずれだ」と言われると自分が間違っているのか?と怖くなります。AC特有の白黒思考。自分への自信や信頼のなさから、他者からの承認や世間体、常識をやたらと重んじる頑なさに、今もガッチガチに縛られています。

 

けど落ち着いて周りを見渡してみて……やたら常識を口にしている人がいつも完璧か?と言われたらそんなことないんですよね。私の身近にいる苦手な人もやたらと常識だの普通だの自分ならと口にしてますが、自分の無神経な言動には無頓着です。そもそもマナーが100点満点な人自体そうそういないです。

仮にいつもきちんとしていた人がちょっと常識はずれだったり(人を傷つけたり多大な迷惑をかけたり、犯罪などの悪質なものを除いて)おかしな言動をしたとしても「○○さんも人間なのね〜」で流されるか「なんかあったのかな?」と心配されると思います。

 

まぁ仮に私が今常識はずれのことをしたとしても私、心療内科にもかかってるし、ストレステストで900点オーバーだったので、薄給貧乏人で仕事で手一杯だから気が回らんのだ、ごめんね♪テヘペロ☆(前回838点と言いましたが、ちゃんと計算し直したら930点でした……)

 

ciao-rin831.hatenablog.com

 

 

それにもし、今の私が友達だったとしたら「そんなことしなくていいよ!」「そう考えるの当然だよ」「大変だったね」って声をかけると思います。これからもそうやって自分で自分を励まして、導いていきます。

 

ここまで分析できたり、うまく見方を転換できるようになったのは螺旋階段を少しは上に登ってる証なのかなー?だったら嬉しいのですが。これも自助グループツイッター、ブログやそれぞれで交流して下さる皆様のおかげです。

 

ぶっちゃけ、私自身の勇気と頑張りも加味してもいいですよね?

 

 

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ストレス点数表チェックをやってみた

ツイッターのお友達が載せていたストレス点数表をやってみました。

 

http://www.shinwa-kai.jp/data/documents/score.pdf

(またネタを自力で見つけてこれず、友達を当てにしたツイッターネタかよ!というツッコミはなしでオネシャス汗)

 

過去一年以内にあった出来事を振り返り、点数を足していくものらしく300点以上になると翌年に健康被害が出る確率が80パーセントと要注意らしいです。

「私この一年で色々あったからなー。500点台くらいだろうなー」とタカを括ってチェックを入れたらなんと838点という数字が叩き出されました……。もうびっくりです!

 

何が怖いかって、高得点が出たのもそうなんですが【自覚症状が全くなかった】ってことに愕然としたのです。

現在の私は波はあるものの、比較的体調も落ち着いてきたわーとしみじみ思ってました。心療内科には相変わらずお世話になっているものの、3錠飲んでいた薬も2錠で大丈夫になって減薬の目途もたってきてるし、春の穏やかな気候になって浮き沈みもほぼなくなった。クヨクヨ悩む癖は相変わらずだけど、しっかり寝て食べることで、ある程度持ち直せるようにもなっていた(つもり)かつての怒涛の嵐のような日々を乗り越えて、ようやく一息つけそう!よかった!って安堵していたので、この結果は地味にショックでした。

 

心身が回復に向かっていること、日々感じれるようになった穏やかな心境すべてが自分の勘違いや錯覚ではないでしょうが【私は自分が傷ついたことやストレスに対してかなり鈍かったり甘く見積もってるのかもしれません】

ストレスがMAXになると私は胸が苦しくなる症状に襲われます。昨年の今頃なんてもう胃もキリキリして食欲もなくなって、不安神経症もピークでした。けどこれってテストでいうところの100点満点であって、上記の症状が現れなくなった=ストレスなくなった!もう平気!ってわけじゃないんですよね。100点が80点になっただけで高得点であることには変わりないんですよね。

そんな当たり前のことに考えが及ばなかった自分にガックリしました。比較材料を無意識でストレスがピークのときにして、それと比べていたのに気づいて【ストレスは減ったけど、まだたくさん蓄積されている】んだって思い知りました。まだまだ全快じゃない。気づかないうちに色々無理したり、抱え込んで、それを見ないようにしたりなかったことのように振舞う、悪しき習慣は自分にこびりついてるんだって愕然。

 

もちろんこのテストは個人差ありき。人によってストレスの受け方やダメージは違うものだし、おおざっぱな目安だと思います。けど自分の身体や心だけでなく、起きてる外側のことにも気を配るのは大事なんだなと内省する、いいきっかけでした。

 

色んなことに言えますが「もう自分は大丈夫、平気!」っていう過信はしないほうがいいですね。

 

現にこれを仕上げてアップしようとした矢先にもストレスかかる出来事があったので、卍で自愛します。

 

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イネイブラーと共依存

フォロワーのお友達と盛り上がったネタ。あくまで個人的見解なのでそれを踏まえて読んでいただけると幸いです。

 

私たち家族は知らず知らずのうちに、依存症者に対しイネイブリングをしている模様です。【模様】なんて曖昧にしたのはイネイブリング行為に当たるものが多岐にわたって、いまだに私でも「これってイネイブリング?」と頭をひねることがあるからです。例えばお金の管理とかがそれですかね。

 

おおかた共通しているのは

1.暴力が怖くて、酒や薬物などの依存物質を買い与えたり許可する
2.借金の肩代わり
3.依存行為で起こした不始末を当人の代わりに処理する

 

上記はとてもわかりやすい【やってはダメな行為】です。これをする度に、依存症者は同じことを繰り返すというのは実体験含めてよーくわかりました。
私がやってしまったのはは2と3です。借金全額はとても返せなかったので闇金や知り合いなど善意で貸してくれた人たちを中心に自分の預金や家計のお金で支払いを行いました。不始末の処理でまっさきに思いついたのは元夫が会社のお金に手をつけた際、謝罪と返済に行ったこと。

結局彼は、再び同じ人たちから借り入れしたり会社でもまた金銭トラブルを起こしてクビになりましたので、やっちゃいけないことをやった結果がそのまま返ってきたんだなと受け止めてます。

 

よく言われるのが依存症者の傍にはイネイブラーあり。ギャンブル依存症で例えると、借金が発覚した際「今後は心を入れ替えてちゃんとしなさいよ」と立て替えるも本人はギャンブルを辞めず、また借金をこしらえてくる。お説教しつつまた立て替える。また借金する。また、またまた!の繰り返し。洗濯機で延々グルグル回っている状態がそれだと考えてます。

 

じゃあ共依存とは?と言うと私は上記がマイナスに進化したものだと思っています。
もうヘトヘトで嫌だけど、自分が頑張ればきっといつかは相手はわかってくれるはずだと盲目に信じる反面、まーた借金してるんじゃないかと一人疑心暗鬼に陥り、自分のことそっちのけで監視したり不安の先取りで自分の実生活が疎かになる。
別れたいと思う反面、関係が壊れてしまうことや自立するのが怖くて何とか回復させたいと躍起になるなど。ええ、はい。全部かつての私です……。
洗濯機で例えるなら、流れるどころか逆流しようとしている状態でしょう(笑)

 

わかりやすいチェック項目を貼っておきます。

http://ebisu-mc.com/psycho_003.php
(恵比寿メンタルカウンセリングHPより)

 

ここからは個人的見解なのですがイネイブラーと共依存は似て非なるものだと私は思っています。家族会や専門外来、自助グループなどに行って、尻拭いや立て替えが駄目だと知りスパンと手を離し梯子を外せる家族なんかは、イネイブリングはしていたけれど共依存とは言えないんじゃないかなーと。
恐らく共依存者は我慢できなかったり「でもでもだって」と理由付けして、やっちゃいけないことを繰り返すんじゃないかな(笑)

 

けど私はそんな人たちのことを「あなたは共依存ですよ」とは言いたくないです。イネイブリングという言葉も使うけどイネイブラーという人を指す言葉もあまり好きじゃありません。理由は共依存もイネイブラーも自分が自覚するものだと思ってるから。
私なんかは自覚オオアリなのでACとか共依存とかのワードを見たときに凄く救われる思いでいっぱいでした。私の生きづらさとか考え方の癖はこれで、ここからきてるんだなって。うまく表現できなかったことが短い単語で表されて、同じように悩んで足掻いて回復しようって人がたくさんいる。よし、頼れるところは頼りつつも自分の足で立とう!回復しよう!って思えましたから。
そんな前向きなワードとして捉えているので、誰かをこれでラベリングはしたくないのです。だって自認している私ですら、言動を指されて「それはあなたが共依存だからよ」と言い切られるといい気持ちはしません。うまく言えないのですが共依存のラベルが先にきてるから、私の言動が全て共依存だとカテゴライズされているように感じてしまうんですよね。この考えも共依存、もしくはAC特有なのかもしれませんが人から「はい否認きたー!それも共依存特有の考え方ですよ」で封じられると辟易します。

 

なので私は自分が困ってるか困ってないかで線引きしてます。
私は自分の偏った思考の癖にほとほと疲れたので改善していきたい。けど困ってない人はその人の【個性】ってことで放っておけばいいのではと。イネイブリングの尻拭いだって、やりたきゃやればいいと思います。やってやってやり尽くして、それで本人が困れば何かしらアクションを起こすでしょうし、駄目な言動にはそれなりの結果が返ってきて、それが気づきや方針を転換するきっかけになるかもしれません。ならないかもしれません。

 

パートナーや家族が共依存?だと思う人は、勇気を出して自分が嫌だと思うところは指摘してもいいと思います。その際は「それは共依存の考えだから間違ってる!」じゃなく「そういうことをされると【自分は】辛い」とか「プレッシャーに感じる」などアイメッセージで伝えるといいんじゃないかなって老婆心ながら記しておきます。家族が共依存という人の中には依存症者の方もいて、色んな負い目から言いづらいこともあるのでしょうが、病気や家族仲の回復には必要な過程ではないでしょうかね。

 

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心のシャッター

先日、オンラインのわかちあいでACあるあるとして心のシャッターの例えが出てきたので、ネタをパクる拝借してそのことを書きます。

 

特にACやアディクションに悩む人に限らず、突然心のシャッターを閉めて人や出来事をシャットアウトしたくなる衝動に駆られることってありますよね。私ですか?しょっちゅうですよ(笑)ない日を数えたほうが早いくらい!

 

けどシャッターをするのは不必要だし相手に対して失礼?と聞かれたら「必要だと思う」と答えます。境界線を引くためにもシャッターの開け閉めは自体は必要だなと。

 

シャッターって防犯などの戸締りや〝今〟〝ここからは〟入れませんよっていう意思表示ですよね。お店をやっていたりする場合は閉店を他者に知らせる役目でもある。私の場合、これに苦手意識を抱いて怖くてできていない。

開店時間や閉店時間を決めていなくて、誰でも彼でも入ってこれるようにして(実質)受け入れている状態。そして部屋の中でもプライベート空間の仕切りやドアの施錠がいい加減だったり、モノも出しっぱなしで誰でも触れる状態のまま放置。ドアに手をかけたりフラフラッと入ってくる人や、勝手に触ろうとする人に対して「そこは入っては駄目です」「それは触らないで」と言えない。そのために起きる不快なことやトラブルに対して我慢したり、オロオロして最終的に「もうやだ!みんな酷い!」と被害者意識を爆発して全部締め出し、表のシャッターをこれ見よがしにガシャンと閉める。この繰り返しだったなーと。相手からしたらいきなり何?ですよね(汗)人や外側で起こることに対してだけじゃなく、自分の心の中でも仕切りができていない状態でした。そして現実の部屋同様、ゴミが溜まっていて汚いというね、ははは(笑)

 

上記で私ができることは言えなかったことを意思表示すること。モノを開けっぴろげ&出しっぱなしにしないこと。これは勇気を出して変えていけること。変えられないものは入ってこようとする人に遭遇したり、彼らの言動を未然に防ごうとすること。変な人は防犯意識を持ったりあらかじめ予想して一定数を避けることは可能でしょう。けど100パーセント防ぐことは無理。

今までの私は無防備or完璧主義のオセロ状態で、予防していたつもりだったのに遭遇してしまうと予想外のことにパニック!無防備状態で荒らされても、どうしたらいいかわからなくて我慢して我慢して我慢した末、自爆。いずれも最終的に相手を傷つけ自分も傷つくという悪循環の繰り返しでした。

 

手始めに現実世界の整理から。昨日、午後から時間があったので部屋の片づけをしました。くたびれたもの、もう着ない洋服も思い切って捨てました。押し入れにしまい込んでいた自転車も引っ張り出し、あらかじめ買っておいた縦置きスタンドにセット。

実は自転車全然乗っていなくて手放そうかと考えていたのですが、触ると購入したときのワクワクした気持ちや、遠出した思い出が蘇ってきたので、休日にサイクリングにでも行こうと思います。今まで放置しててごめんよ!TCR0ちゃん(号泣)インテリアにはしないからね!東京に移住したときも連れて行くからね!!!

 

 

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PSブックマーク機能から激励のコメント下さる方、いつもありがとうございます。嬉しいです。ホ・オポノポノは私も気になっていたので書籍を買ってみようと思います。

ACの回復ワークブックをやり始めました。

自助に通っている人から勧められたACの回復ワーク……数か月本棚で眠らせていたのですがワインと違い寝かせても熟成なんてしないのと、ちょっと人間関係でゴタゴタがあっていい加減自分の偏った囚われや考え方をどうにかせぬとなーと思い、重い腰を上げました。

 

同じ先生のワークブックです。

 

これに取り組むにあたって自分が決めたルールは2つ。

 

〇のんびりマイペースにやろーっと♪

〇やりたくないことは無理してまでやらないでいいやー☆

 

上記の二つです。

か・な・りいい加減ですが、AC傾向の強い人って「きっちり〇〇せねばならない」の白黒完璧思考が顕著な人が多いので、この手のワークブックやプログラムに凄く真剣に取り組むと思うんですよ。それで苦しさや生きづらさから解放されれば【終わりよければすべてよし!】なんでしょうが、使命感や義務感に縛られて、がんじがらめになったり、トラウマが蘇って苦しくなったり、足がすくんで動けなくなったりとかすると本末転倒だと思うので、ゆるゆるで実践していきます。私ブログでは適当キャラですが、恐らくきっちりやりたがると思うので(ACあるある)

 

ちなみにこのワーク、苦しくなったら中断したり、メンタルで通院している人は主治医に相談するようにと推奨されていますが私は勝手に始めました。おじいちゃん先生なので相談しても「いいと思ったらやってみたら?^^」と返されるのがオチでしょうから。

けど私は主治医の先生好きです。これくらいゆるーい人のほうが相性がいいのです。

 

今まで完了させたのは自分がどういう家庭環境で育ち、どういうことをされたのかを

チェックシートにマークを入れたり書き出す作業です。人によってはかなり幸いワークだと思いますが、私は今のところはモヤモヤ程度に収まっています。苦しくなったりトラウマが蘇っても心身に異常をきたすまでには至らなかったので、ささっと終えることができました。

書き始めた冒頭こそウルっとしたのも束の間ーー中盤から最後のほうには「うわぁ……うちの家庭環境ってほんっと最悪じゃん」「よく離婚とか一家離散せずにいられたなぁ」「こうして薄給だけど働けるまで生きてこれてよかったわー」とツッコミと苦笑いが出ました。

 

これだと「あなたの家庭は言うほど大したことはないのでは?」と思う人もいるかもしれませんが、私がここまで楽観視できるようになったのは、自助グループを筆頭に安心して吐き出せる場と、受け止めてくれる人ができたからなんですよね。

親が苦手、嫌いって言うと、それを告白した目の前の相手、世間、親だけでなく自分自身からも「育ててくれた恩ガ~」「親にも親の事情ガ~」「親なりにあなたのことを想っテー」と気持ちを封じ込められ、ただでさえ心を開示することが苦手なのにますます内奥に引きこもるという悪循環に陥る事多々……。だから開けっぴろげに話せる場所や人に辿り着き出会えたのは本当に恵まれていたなって噛み締めています。

 

それと年月が経って親も年を取りだいぶ気持ちが風化してるのも実感してます。書き出したリストのほとんどを占めるかつて父親からされたことは、今でも胸が苦しくなるし水には流せません。けど今目の前にいる父は年老いて足腰が弱って、かつて威張り散らしてた片鱗はすっかり影をひそめました(それでも時々覗かせて、イラッ!ムカッ!ドキッ!と反応してしまいますが……)

 

ちなみに幼少期に父親からされたことの一部を下記に投下します。

 

♪何か私が気に入らないことをしたようで一年くらい話しかけてもシカトされた。

♪機嫌が悪いと人や物に当たる。兄弟で雑談していたら「やかましい!」と怒鳴られた。

♪容姿を小馬鹿にされたりからかわれた。

♪面前DV。対母。対母方祖父と暴言や罵声は当たり前。流血を伴う喧嘩を繰り広げられていた。長女の私が仲裁に入ることも。

 

端的に言ってクソですね。(ちなみに母親ver祖父verもありますが割愛)

 

でも私はもう親のことはいいやって思ってます。

私がこのワークをやろうと決意した理由はただ一つ。幼少の頃から家庭で身についてしまった不器用で偏った生き方や考え方で、今キツい思いをしているから手放したい!解放されたい!ただそれだけです。

父は加齢でそれほど脅威ではなくなった。けれどかつての父に似た言動の人に反応してしまう自分がまだいる。ときおり人の顔色を窺い、その場を収めなければと人や物事の境界線を引けない性が出てくる。そういう生き方から抜け出したいからです。

 

この考えや思いはあくまでも私個人が導き出した決意や答えです。機能不全家族で育ってきた人はそれぞれ異なる戦場や戦況の中を生き抜いてきて、その過程で何を感じて今後自分がどうありたいかは十人十色。その中の一つである親に対する思いも様々でしょう。親を赦せる人、赦せない人、その狭間で苦しんでいる人ーーACの人がどう考え、何を選択しても私はどれも間違ってないし正しいと思ってます。

よくサバイブしてきましたね……と労いの言葉しか出ません。

 

最初のゆるゆるっとした雰囲気からしんみりとしましたが、そんなこんなでぼちぼち進めていきたいです。

 

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三歩進んで……

二歩下がるから一歩下がるに変わりつつある今日この頃だったのですが、最近続けざまにモヤモヤすることや嫌なことが重なって、五歩くらい下がって落ち込んでいる私です。

特に最近は調子がよかっただけに、嫌なことや囚われることが重なると凹み具合も半端ないですね……。せっかっくの休日をダラダラ映画と動画に費やしてしまいましたがそれもまた一興ですね!

 

囚われた内容は一つ目は家族のこと。もう一つは以前書いた宗教を抜ける件。

 

後者に関してはツイッターのほうにも投下して、満場一致で「気にしなくていい!」との回答だったので、それを糧に時間風化させていこうと思っています。囚われが消えなければ自助グループなども利用するつもりです。

幸いそのことがあった晩、同じ傾向の悩みの子と会い簡単な分かち合いができたので多少気分が晴れたのと、彼女の前向きな〝とある決断〟や興味深いイベントへの参加の話を聞けて元気をもらえました。

私は境界線が曖昧な部分がよく出てきやすい(特に近しい間柄になると強くなる)のですが、これを逆手に取って前向きな決断に関しては自分にもエネルギーをわけてもらって注入していこう!と思っています。後はマイナスに関して影響をシャットアウトできる、秘技シャッター下ろしができるように練習あるのみですね。

 

前者に関しては妹夫婦……特に義弟(私より年上)に対してです。以前にもチラッと書いたことがあるし、ちょっと話せる状況ではないので詳しいことは割愛しますが、しばらく彼らとは心身的に距離を置こうかなって思ってます。自分はAC傾向がかなり強いのですが、そう自認しながらも心のどこかでやっぱり【家族】に関して期待する部分がなかなか消えないんですよねー。理解してほしい。ありのままの私を受け入れて!って。けど相手に関してはこんな風にジャッジしてしまう……。ここを【人は人!私は私!】と自然に思え、言えるようになるには上記で触れた線引きプラス自己肯定感を上げることが有効ですね。

今回の一件は、血縁者の配偶者と、親族だけど他人という間柄なのですが、この義弟……私の苦手とする【権威者や威圧的な人】【自己主張が強すぎてこちらにもエネルギーを流入させようとする人】にバッチリ当てはまる人物なので、君子危うきに近寄らずーーその人の側にいる妹もろともしばらくは疎遠でいいかなって。元々考え方に偏りが合って『合わない』って思っており、妹もそれに感化されてきてるなーとヒシヒシ感じることが増えたので「もう頼りがないのは元気な証拠な関係でいいや!」(私も偏った考えという部分では負けず劣らず大概ですけどw)と開き直る心境です。

 

悩むことっていいことなのか悪いことなのか難しいですね。

感情と思考との境目もそうだし、関連書籍やアドバイスでも『ありのままの自分を受け入れましょう』と肯定的に捉える考えもあれば『(しょうがないことで)悩むのは時間の無駄です』とバッサリ一刀両断する意見もある。これに関してはどっちが正しい正しくないではなく、私に合ってるか合ってないかという自分の気持ちで解決の糸口を探していきたいなって思ってます。

 

個人的に自助の人たちにしろ、お世話になってる先生にしろ本にしろ、私は穏やかで共感能力の高い人、姐御&兄貴肌で「大丈夫大丈夫!」って吹き飛ばしてくれる人に対して安心感を覚えホッとするので、そういう人たちに適度に頼りつつうまく自分の性質とつきあっていきたいです。

 

それと心の整理に関しては、私は書くことでかなり癒されることがわかりました。頭が整理されるし、自分がどう考えているかの答えがスラスラっと出てきやすいのです。これをポチポチ打ってる最中でも、気持ちが浄化されていっております。

元々書くことは好きで、今は小説も執筆してて……密かにそういう夢を見てたりもします(笑)書くの迷ったのですが、フォロワーさんが「叶えたいことはブログに書くと叶うよ」と聞いたので思い切って書きます!

今年は回復がてらそういうことにもどんどんチャレンジしていきます。独り身になったってことは、そういうことにも挑戦できるってことですよね。これはらは私の人生ですからね。

 

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身近な依存症の話

私は割と身近な人には離婚した理由(元夫のギャンブル依存症)の事情をあけっぴろげに話してるのですが、そのおかげか「実は……」と、ご自身の親戚や友人知人の依存症にまつわる話をよく聞くようになりました。
ギャンブル依存症はもとより、借金問題や酒害。犯罪級だと薬物や盗撮なんかの話も耳にします。浅瀬ですが依存症の海に浸かったことのある者としては、みんな口にしないだけで、ご家庭や身近なところでそれなりに問題を抱えてるんだって複雑な思いを抱いてます。

 

ほらみろ、ハズキルーペのCMみたいな家なんてレアケースなんだよ!ケッ!!ザマァ!!!(妬み)

 

……どうでもいい本音がちょこっと漏れましたが、私自身も元夫がギャンブル依存症。そしてその元夫の家族も義妹以外は全員ギャンブルを嗜んでいました。世代伝播というやつです。
じゃあ我が家は清廉潔白かと言うと全くそんなことはなく……私の母方の祖父は競艇に給料をぶっ込んだ過去がありますし、晩年の姿なんて酔っぱらってフラフラしながら「酒ないかー!」って探してる姿を真っ先に思い出す有様でした。
それ以外でも昔からお金のトラブルと喧嘩が絶えない、なかなか最悪な家庭環境でしたね(汗)


自分や家族は大丈夫でも親戚筋や友人知人まで範囲を広げると、誰かしらが何かの問題を抱えてるってケースはよくある話だと睨んでます。
今でこそ核家族化が進んでいますが、私の祖父母の代だと兄弟姉妹も多いので、その中に飲む打つ買うのろくでもない放蕩者が一人や二人いてもおかしくないです。
古今東西昔からお金にだらしのないおじさんポジションや、血みどろの遺産争いをする兄弟親戚は色んな媒体で語られてきましたが、事実は小説よりも奇なり。現実のほうがもっと悲惨でえげつなかったりします。

 

どうしてこんなこと書いたのかと言いますと、相談できない理由の一つに「こんな問題抱えてるのうちだけに違いない!恥ずかしい!」っていう思いがある人がいるんじゃないかなと思ったのです。「世間のみんなはお酒やギャンブル、お金に対してきちんと距離感を保ってちゃんとしている。結婚して子どもを産んで家を建てたり、仕事でも成果を上げて順風満帆……。こんな風に悩んでいるのは自分たちだけだ。相談したら周囲からどう思われるか怖い。だからできない!」って風に。なのでそんなことはないですよ!ってことを、声を大にして言いたいです。かつての私自身がそう思い込んでいて、一人で抱え込んで潰れかけた過去がありますので。
屈辱感。劣等感。自己憐憫でボロボロだったけど、同じ問題を抱えた人たちはたくさんいるし、決して当人の【自己責任】だけで済ませられる単純な話じゃない。何よりあなたのせいじゃないですよって。そしてそれはギャンブルなどのアディクション問題だけでなくアダルトチルドレンや親子、兄弟姉妹との不仲も同じですよって!

 

私は半ばヤケクソだったとは言え周囲に思い切って打ち明けた際、呆れや見下しはほとんどなく、同情以上に労いの言葉をかけてもらいました。特に友人からの激励は本当に感謝してもしきれないくらい嬉しかったです。この問題がきっかけで仲良くなれた人、グッと距離の縮まった人もいます。恥ずかしいと思っていた家庭の事情、知られたくない自分の内面をさらけ出しても、恐れていたこと以上に得られたものが多かった。嘘つかなくても、取り繕わなくても受け入れてくれる人がいるんだと知りました。これが本当に自分史の中で大きかったです。

 

ただ、いいことづくめというわけでもありませんでした。【本人の自覚の問題】と捉えている人はまだまだ多いし、もっと乱暴な意見だと「男に金持たすとろくなことに使わないんだよ」的な世間をわかってる風な謎の先輩風を吹かされることもあったんですよね。(全国の男性に謝れ!)悪意がないだけにモヤモヤしました。
いくら説明してもなかなか理解してくれないのも、残念ながら現実の一つです。私も無理解や他人の発した何気ない一言に傷ついたりもしましたが、今は聞いてもらえただけでもありがたかったなと心の中で折り合いをつけました。みんな離婚が決まった際には労って励ましてくれたし、それなり元気になった今、そう考えられる余裕が生まれましたので。

 

そんな実体験から得られたことですが、相談する相手は吟味したほうがいいかと老婆心ながら付け足しておきます。心置けない友人でもいいし、依存症の病識のある人まではいかなくともこちらの話に耳を傾けてくれそうな人、共感能力の高い人が望ましいかな。

 

【自分だけじゃない】【ありのままの自分を受け入れられる経験ができた】

これが私にとっては画期的でした。

 

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