ぼちぼち回復日誌

元夫がギャンブル依存症。共依存やAC等の回復日誌。嫌なことバンバン手放し中。

睡眠の質、向上計画

最近寝つきが悪いです。理由は隣部屋の家族のTVの音や野良猫の発情期の声。

こういうのって一度気になりだすと止まらないですね。

それにばかり意識がいって、全然寝つけなくなるんです。

 

家族の場合は口頭で「○○してほしい」と伝えたり、直接リモコンで消す強硬手段に出たりできますが、猫相手にはどうしたものか……。

窓を思いっきり開けて「うるせえ!黙れ!」なんて怒鳴りたくなりますが、そうするとたちまち私がご近所さんの睡眠を妨害する迷惑住人です(笑)

 

とりあえず耳栓を用意してみたので、しばらくこれで様子見します。異物感が気になるけど背に腹はかえられません。

 

以前睡眠薬を処方されてたころに比べると、だいぶ回復してきていたので無意識に「もう大丈夫」なんて慢心があったのかなーと内省してます。年齢的なものや別のストレスなんかも関係してるでしょうしね。

寝る前のスマホ禁止も、ここ最近はなぁなぁになってました……はい、反省してます。

 

私の場合は十分に睡眠が足りてないと顔色が悪くなったり、気持ちが滅入ったり、たちまち体調不良に陥ります。もっとも出やすいのが口角炎。幸い皮膚科で処方してもらった薬がバッチリ効くので長引くことはないけれど、なってから治すのではなく、根本から改善したい。

 

実は金銭管理をアプリでつけるようにしてから無駄遣いがグッと減った(気がする)ので、食生活なんかも含めた健康管理も見えるデータ化したらいいんじゃない?と、最近安価な睡眠計測器(リストバンドやスマートウォッチタイプ)を探しています。

 

欲しい機能は

 

(1)通話とLINEの通知機能

(2)睡眠計

(3)活動計(できれば消費カロリー)付き

(4)アラーム機能がある

(5)好きな紫色

 

以上の5点。

連動するアプリの使い心地だったり不具合がないかを血眼に調べながらアマゾンをさまよってます(笑)低価格は譲れないけどコスパにはこだわりたいというワガママ仕様w

 

けど「すぐ使わなくなるかなぁ」「安さを重視すると機能に不満を持って大事にしなくなるかも?」「かといってアップルウォッチの価格帯の時計はほしくない」「たいていの機能はスマホでまかなえるんじゃ?」「クテッと寝たいなら近所の銭湯に定期的に通ったほうがいいかも?」「時計もう2本持ってるし、これ以上いらないなぁ」

なんて考えて財布の紐がなかなかゆるまない。

どうやらお小遣いアプリで堅実路線に目覚めたのかもしれません。

 

データ収集するかどうかに関わらず、できる小さなことに気をつけながらやっていきたいと思ってます。そろそろジョギングやロードバイクなんかの本格的な運動も再開したいですしね。

 

ひとまず寝る前のアマゾン徘徊はやめます! 

 

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リソースはまず自分に割く!(自分への言い聞かせ)

仕事上でそう痛感した一件がありました。

話せば長くなるので割愛しますが、私はまだまだ【線引き】ができていないと思い知りました。改めて【境界線】って言葉を噛み締めてます。

 

以前カウンセラーさんが書いたメンタル系の本を読んだことがあるのですが、彼らは第三者から「人の悩みを聞く仕事って大変そうですね」と聞かれることがやっぱり多いみたいです。それに対して著者が偉ぶるわけでなく「割り切っているので平気です」と淡々と返していたのがとても印象的だったんですよね。凄く納得したというか。冷たく映るかもしれませんが、それくらいのほうが職務を全うできるなって。ミイラ取りがミイラになっては元も子もないですし。

 

何でこんな話をしたかというと、今転職をうっすら考えている最中なのです。年齢も年齢だし、これといった資格や職歴もないけれど自立や自分のこれからを考えたら独り身になった今がチャンスかなって。

とりあえずいくつかの転職サイトには登録して、適性検査なるものも受けてみました。その結果の中に適職として福祉系が挙がっている確率が異様に高かったのです、私(笑)

 

福祉系の仕事って優しさや思いやり、奉仕ってイメージが強いけど、私は一番必要なのはある意味真逆の【割り切り】や【ドライさ】などの合理性だと考えてます。

そして私はそれがド下手クソ。すーぐ人に感化されたり、感情を背負いこんでしまうし、境目がぼやけがち。口ではこんな風に説いても、いざ実際に問題に遭遇したり、そのシチュエーションが訪れると感情が溢れてきて

理性<感情

とあっという間に逆転してしまう。

なので福祉系の仕事は向いていないと思ってます。

元来持っている【自尊心の低さ】とか【自分を差し置いてまで他者のために奔走しがち】などの自分の課題が一区切りついたらまた違った風に思えるのかもしれないけれど、今は厳しいかなってぼんやり考えてます。

優しさが甘やかしになるかもしれない。思いやりが独善的にすり替わるかもしれない。奉仕が自己満足の自己犠牲に終わるかもしれない。単なる先取り不安の拗らせかもしれませんが今は人助ける前に自分が先。

 

……と、こんな風に当面はエネルギーや時間はなるべく自分のために温存しといて使ってあげたいです。自分優先で人助けは『情けは人の為ならず』な相互支援の範囲に収まる程度にやっていきます。

転職活動も体調管理もまだまだフレームを用意した程度ですが、ぼちぼち活動開始していきたいです。

 

けどこうして高らかに宣言しても、同じ立場の人や同性(すまんのう……私はやっぱり同じ属性の人にめっぽう弱いのですw)にはついついお節介焼きたがってしまうのですがね、HAHAHA!

でもこの傾向も気を付けていきたいところ。対象範囲が狭まったってことは、それだけ密度が濃くなる可能性が高いので。 

 

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専用コミュニティの必要性

たまには依存症関連についてのネタをあげます。

最近、フォロワーさんと話したことなのですが、都市部などでは女性専用の自助グループや回復施設があるんですね。回復施設はぬじゅみが有名みたいで、断酒会ではアメシストと呼ばれてるようです。どちらも綺麗で素敵な名前。

ただ地方になると女性専用の会や施設は壊滅的です。場合によっては女性専用どころか、会自体ないってことも……。

 

依存症や嗜癖ジェンダーはありませんが、ギャンブルやお酒関連はやっぱり男性の参加者が多い印象です(逆に家族会は女性が多いです。薬は参加したことないのでちょっとわかりかねますが……)

異性云々言ってる場合じゃない!えり好みするな!って意見もあるでしょうが、

私自身も家族の会、ACや感情系などの色んな自助やセミナーなどに参加した結果、女性が多いほうが安心できます。

 

ciao-rin831.hatenablog.com

 

グループカウンセリングや自助グループは過去の話や自分の内面を掘り下げます。私は異性がいるとどうも意識しちゃって話す内容を抑えたり、自分にブレーキをかけてしまうんです。過去にそういう場で内面を吐露したことで異性絡みでモヤモヤすることを引き寄せてしまったことがあるし、第三者として見聞きしたことも影響してます。

私にも〝お互い様〟な部分があったのですが、それ以来身構えてしまうようになってしまって……。自意識過剰と思われても「嫌な思いは御免被りたい!」っていうのが正直な気持ちです。

 

もちろん同性だから絶対安心!ってわけではないです。ACや共依存、感情や対人関係などに独特の癖があると、同性間でも境界線がぼやけて不安定になるのだって体験済みです。けど正直に言うと上記が異性だった場合、精神的に磨耗する度合いが半端ないんですわ……。

 

自助や会を地域に立ち上げるのはエネルギーもいるし、雑務も含めて大変。その辺りネットなんかを使ってうまく連携や新しい形が取れたらなーって漠然と思ってます。ツイッターやラインなんかをうまく活用できたら、気軽にできるんじゃないかな?

 

その前に自分の基盤をしっかり作るのが先ですけどね。

 

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自分用のアファメーションを作ってみた

ACのワークブックも後半に入りました。今までのワークが過去を癒していくのであれば、これからの課題は今の自分を受け入れ、未来を創っていくって感じかな?

自分を肯定するメッセージのことをアファメーションと言うのですが、上記の回復のワークの中にオリジナルアファメーションの作成があって、これが格言作りみたいで結構楽しかったのです♪

 

と言っても、ゼロから作ったわけでなく色んな書籍やツイートの内容から拝借した言葉が大半なのですが、自分なりにカスタマイズできたかなって自己満足してます。

(同様の内容はツイートにも投下してます)

 

①自分の機嫌は自分で取る。いちばんの理解者と親友は私自身
②失敗は最高の経験値
③善か悪かじゃなく好きか苦手で考えてみる
④感情は抑えたり変えなくてもいい。けど思考は修正できるし行動は変えられる
⑤ミスると人から好かれる。欠点がある方が魅力的

⑥焦らずゆっくり40パーセント。それで大抵のことはこなせる
⑦チャレンジしてダメだった事が失敗。やらなかった事は未挑戦
⑧自分の気持ちを伝えてみる。それは誰にも否定できない
⑨サバイバルしてきた私ならできる!

 

こんな感じで作ってみました。

文字だけだと味気ないのでお気に入りの画像とくっつけて、スマホの待ち受けにしてます。見えるところに貼っておいたり、こうやって書くだけでも自分への言い聞かせ効果はあるかと。

 

私はとにかく自己肯定感が笑えるくらい低い。人のことはうまく励ませるけど自分のことになると、てんで駄目。おまけに他者基準による承認欲求が強くて失敗やミスにビクビク。先取り不安もバンバンやっちゃうよ\(^o^)/

……とこんな感じだったのですが、段々とそういう癖はなりを潜めつつあります。

ワークの成果も現れてるのかもしれないし、自助や人との交流、時間薬などさまざまなものが回復のエネルギーになったんでしょうね。

 

その過程で思ったのですが、やっぱり自分優先でやっていくのって大事ですね。

私がすべきなのは自分のお世話やケアだって改めて実感しました。自分をおざなりにして人のために奔走したりするのは、自分にとっても相手にとってもよくないなって。

私の場合はまだまだ加減がわからず手を出しすぎます。人を思いやるを通り越して、下手をするとその人のことを考えすぎて自分のことを後回しにして、アドバイスと称して相手の決断や結果を惑わせ邪魔してしまう行為に走ってしまう危険を孕んでます。だからしばらくの間は、冷たいけど家族や身内を含めた自分以外のことは「他人事」としてドライに割り切ろうって思いました。

 

それでも同じ立場の人にはついつい励ましを送りたくなる性なんですけどね(笑)

頑張ってる人、一生懸命な人と交わるとこちらも元気をもらえますから。

 

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あえて人に交わることもエネルギーチャージ

最近、休みの日は遊びに出るより引きこもっていることが多かった気がします。

精神的に凹んでいるときって「誰にも会いたくない」「事情をわかってくれる人だけと会って、穏やかな時間を過ごしたい」っていう人が結構多いんじゃないでしょうかね。かく言う私もつい最近まではその傾向が強かったです。

けど人と会うこともいいエネルギーチャージになると少しだけ考えを改めました。

 

実は今日、遠方からお友達が遊びに来て観光地を一緒に回ったのですが、彼女に会う前に形容しがたい不安に襲われたんですよね。離婚したことによる劣等感とか、順風満帆(と勝手に私が決めつけている)に見える彼女への引け目を。

彼女に非は一切なく、原因は私の根っこにある自己愛の足りなさ。引け目のヒビや自信の欠けに不安を自分で注入して一層凹む……。特に前回彼女と会ったときは、あまりの違いにズーンと心が沈んでしまったので、そのときのことを思い出して一人で勝手な想像をして怯えていました。

 

けど上記は全くの杞憂に終わりました。

一緒に観光地を回れたのがとても楽しくて、歩きながらや休憩しながら彼女から聞く仕事や家庭、プライベートの話を素直にウンウンと笑いながら相槌を打てる自分がそこにいました。

とっても楽しい時間を過ごせて「次回は私が遊びに行くね!」と笑顔でバイバイでき、少しビックリしたくらい(笑)

私が前に比べて元気になってる証でもあるし、私が持っていたネガティブ色眼鏡が消えて、彼女自身の魅力をしっかり感じることができたんじゃないかなって思ってます。

 

私は家庭環境こそあまりいいとは言えない境遇でしたが、周囲の人(特に友人)にはとても恵まれていました。

 

基本的に私の友人は私の事情を知っていて、「可哀想」と同情してくれたり、腫れ物に触るようなことは一切しないタイプ。明るく笑い話にしてくれる人、いつも通りに扱ってくれる子、そっと寄り添ってくれる子。タイプは様々だけどみんないい人たちばっかり。

ツイッター経由で仲良くなった人たち(私はお友達と思ってる)とはソウルメイトと呼んでも過言じゃないくらいシンクロ率が半端なく、ツイートやリプライに共感の鐘が鳴り止まなかったり、鼓舞されること多々。

密かに計画している女子会を指折り数えて楽しみにしつつ、節約に励んでます(笑)

 

私は友人づきあいに関しては、それほど苦労せずにこれたほうでしょうが、それでもストレスが溜まったりしてくると人間関係を上下や勝ち負けで考える癖が強くなり「悪く思われたくない」「会うのが億劫だな」「放っておいてほしい」なんて悪い方向に思い始めて、それから段々とこじらせ「みんな私のことに呆れているに違いない!」からいきなりふっ飛んで「もう誰にも会いたくない!」と心の殻に引きこもるというしょうもない自己憐憫を繰り返していました。

けど自分の問題や考えを友人たちに打ち明けても、彼らの態度が変わることがなかったこと。逆に励まし心配して、自分のことのように憤ってくれたこと。自助グループツイッターで同じことで悩んでる人たちの輪に入ったことで、視野がグンと広がったこと。そこから自分のよくない考え方の癖を知って、その改善に取り組めるようになったこと。これは誰かと(形は様々だけど)コミュニケーションを取ったおかげだなーと噛み締めています。

 

自助グループに向かうのは今でもやっぱり緊張します。どうしても全員と親しくなれないので、どう思われるのか気にする自分は消えないし、この不安はこの先も完全に消すことができないかもしれません。

けどそれ以上にそこにいる人みんなから譲り受けたパワーはしっかり私の糧になっていると思います。

それは友人知人も同様です。

 

会社も含めてどうしても合わない人や苦手なタイプっていうのはいます。そういう人に対し、かつての自分は機嫌を取るように卑屈になってへりくだっていたのが、相手の一挙手一投足に影響されず、少しは自分のペースを保つことができてうっすらだけど線引きができるようになってきました。特に自画自賛したいのが「ちょっとこの人は……」という相手とは、遠慮なく距離を取るという選択肢を選べるようになって、なおかつその手段の手札が増えつつあることです。密かに「よし!いいぞ、私!」とほくそ笑んでます(笑)

 

人に怯え怖がった分、同じくらい……いや、それ以上に人に励まされ癒されてきたんだなーと沁み渡りました。

今日のような日を積み重ねて、ネガティブ思考を肥大させないよう工夫してやっていけたらなーと思えた1日でした。

 

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欠点があるほうが魅力的

ブログもツイッターも特に書くことがない!

そんな平穏な日常を過ごしている今日この頃です。

え?5月病?万年なので平気でーすw

……冗談はここまでで、こういうときにガクンと凹むことがあったり、体調が悪くなることがあるので落ち着いてーゆっくりー行動ーしたいとー思います(渡部陽一風)

 

この間、かかりつけの心療内科に行ったときに受付の薬剤師さんとした雑談で気づいたのですが、私の今までの道のりを山登りに例えたとき、どうやら私は頂上を目指していたつもりが、雲の上を目指していたようです。

いわゆる「病的なまでの完璧主義」です。ACや共依存などでも傾向としてよく挙げられる思考の癖ですね。

 

私の場合はやってもやってもまだ足りない!もっともっと!って言う高みを目指すタイプではなく、できないことや失敗したときに「あぁ私は駄目人間なんだわ……もう終わりだわ!」と絶望する傾向が強いので、完璧主義と言うよりは、卑屈や自己嫌悪&憐憫タイプだと自認していました。完璧主義って言うのはいつも全力100パーセント!仕事もプライベートも隙を見せない!というタイプとばかり思い込んでて、自分の場合はそうじゃないなーって思っていたのです。

 

けど、上記の完璧主義って悪いことなのかな?って考えたときに「うーん、違うな」と。

だってミスはゼロにはできないけれど極力なくすのが好ましいし、ベストを尽くせるよう励むのは素晴らしい習慣です。医療ミスや飲酒運転など、ゼロを目指すべき課題だってたくさんあります。

 

ワンセットで語られやすいゼロイチ思考だって、生きていれば白黒決着つけなければいけないときはきます。

私の好きな武将の名言である

「己の立場を明確にできないものは、いざという時一番頼りにならない」

その言葉通り、グレーは優柔不断やどっちつかずってマイナスに取られることも多々あります。その逆に玉虫色の決着が好ましい場合も数知れず。

 

私は完璧主義や白黒思考は手放すべきだと思っていました。

けど、何のために手放すのかと聞かれたときに「ACや共依存にそういう考えの人が多いって書いてあったし、それを改善して性格の欠点をなくしたいから」とアホなことや不可能なことを考えていたんですよね。

だって欠点をゼロにすることはできないから。

それに気づいてなかった自分はやっぱり完璧主義者だったんだなーと噛みしめました。

 

ふと思い出したのが、スラムダンクで有名な漫画家の井上雄彦さん。ソースは不明ですが、先生はキャラを作るとき「欠点」から考えるそうです。スラムダンクのキャラ、ライバルも仲間もみんな魅力的。

欠点の分だけいいところや魅力がたくさんあるってことですよね!

 

 

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自分迷子になったら好きか嫌いかで考える!

束の間のGWも終わりです\(^o^)/

 

すなわち明日から仕事です……。

 

引きこもりネットサーフィンとアマゾンプライム視聴の合間に、転職サイトやビジネス系のブログで紹介されている適正診断や性格診断などを色々やってみたのですが、メンタル弱ってるときにするもんじゃないと思いました、あれ。

 

だって全然答えられないんです!私のことなのに自分で自分がわからない!

 

例えばオーソドックスな質問で「考えてから行動する?」or「考える前に行動」って

よくある問いですが、自分がどっちか?答えに窮するんです。

 

一つ行動を例に挙げると、私は元夫の依存症の件で自助グループに飛び込みました。そこに通う方からはその行動力を褒められましたが、それは考える前に行動したのか、考えた末に行動したのかがわからない。

不安に押しつぶされそうになっていたのに勇気を出して参加したという面だと「考える前に行動した」とも言えますし、以前の自分も考えるより先に行動派だと自負していました。

けどふと立ち止まって考えたとき、私が自助グループに参加を決めたのはインターネットや書籍でどういう団体でどのような目的で運営し、どのような効果が期待できるのかをあらかじめ知っていたのが大きいんですよね。単純に「家族の会があるから参加してみなさい」だけのアドバイスだと動かず、絶対ネットであれこれ調べて納得してから参加を決めたはず。これは「行動する前に考える」とも言えるわけですよね。

そして何より上記は自分のことではなく、第三者(元夫)がきっかけです。

私の場合、誰かのためだと無駄に行動力を発揮するのですが、自分のことになるとあれよあれよと弱気になります。

 

それに加え昨年から依存症関連で色々あったせいか、最近思い切った決断するのがとてもハードル高く感じるようになったし、あまりあれこれしすぎると、かなり精神的にキます。地味にショックだったのが、以前は人の鼓動みたいにワクワクしていた人混みにストレスを感じるようになってしまったことで大好きなショッピングを以前のようにエンジョイできなくなってしまったこと。

 

その他でも「離婚したし、これを機に色々手放すぞ!」と調子に乗って親が入っている新興宗教も脱退したいと勢いで行動した結果、その余波(支部の偉い人からの説教&親とのギクシャク)をモロに受けダメージ負って、その他のことに及び腰になってます。(全然後悔はしてませんが)

 

一体私はどうなんだろう?どんな人間なんだろう?今後のためにそれを知りたかったのに、やればやるほどますます迷子になってしまう。

 

けど、このブログを書いていると頭の中が整理されたのか一周回って「ま、いっか!」という考えに至りました。

 

きっと私が上記の診断を受けたのって自分に対しての明確な答えが欲しいからだったんです。何かや誰かから「あなたはそうなんですよ」と言ってほしい。断言してほしいっていう承認欲求のようなものかなって思いました。

けど自分がほしい答えや納得しかねるアンサーだと「いや違う」「そんなことない」と拒否するという面倒くささ大☆爆☆発!(苦笑)いや〜よかったです、セルフ診断の段階で。人相手だとお相手巻き込んでましたから。

 

診断中に手が止まってしまったときは愕然としましたが、今この記事を書きながらぼんやり浮かんだのは「わかんないんだったら単純に好きか嫌いかで判断しよう」と。

お金があったらインド辺りにでも探求の旅に出かけたいところですが、好きか嫌いか、まずはそこから自分を探して行こう!と思ってます。

 

好き:紫色、文章を書くこと、ブログ、本を読む、東京(笑)

 

嫌い:仕事、労働、モラハラ部長、給料泥棒役員様(ほぼ仕事じゃないかw)、ギャンブル

 

 

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