ぼちぼち回復日誌

元夫がギャンブル依存症。共依存やAC等の回復日誌。嫌なことバンバン手放し中。

私はたまたまギャンブルしないだけ

昨日病院から帰る途中、パチンコ屋の前を通りました。悪天候のせいか、その店がいわゆる「出ない店」なのか、はたまた土日祝日はお店が締めているのか駐車場はガラガラ。内心「ザマァ」とほくそ笑みましたが、賭博を恨んだところでしょうがないと思い直し、雨の中ずぶ濡れになりながら、テクテク帰路につきました。よからぬことを考えたせいか風邪をひきました。チーン。

 

私は依存症で最も多いと言われてるパチンコやスロットは打ったことは、ほとんどありません。

ちょっとはあるんかいwってツッコミが入ると思いますが、数少ない機会は交際期間の最中に元夫(当時は彼氏)に連れられて行ったパチスロで「試しに打ってみなよ」と言われてハンドルを握らされたりボタンを押した程度。後はゲームセンターくらいです。それも彼氏から「打ってみなよ」と言われたから。

やってみた感想は「演出(?)とかもわかんないし、何が楽しいのかわかんない」と、食指が動きませんでした。店内は狭くて隣と密着してる上うるさいし、タバコの煙で空気は最悪。部屋でゴロゴロ、ゲームはもっぱら据え置き派の私にとっては何とも居心地の悪い空間で長居はしたくないなって思いました。メダルや玉がジャラジャラ出てきても嬉しいとは思えなかった。あれって触ると手が黒くなって汚れるんですよね。それが地味に嫌だったのだけははっきりと覚えています(笑)身銭切ってたら違ったのかな?

 

唯一嬉しかったことと言えば、勝ったときにおこぼれでほしいもの買ってくれたくらいです(笑)けど、段々と賭博で物を買ってもらうというのが怖くなったので「もうやめよう」と彼氏(元夫)に伝えました。彼氏も承諾してくれて、いい機会だしギャンブルはやめるって言っていたので、てっきり止まってると思っていたのですが甘かった……。

 

公営ギャンブルも似たような感じです。元義実家が結構ギャンブルが好きな家系で、家族ぐるみだったり、元夫に連れて行かれたことが数回あります。(正直、当時の自分に「ギャンブル好きな奴……特に家族ぐるみでってのは要注意よ!」と声かけしたいw)

 

両者とも人から連れられてってケースが大半で、自分のお金と足で行ったことは皆無です。そもそもルールもわかんないし、覚える気もあんまりないです。「そういう細々した計算とかが苦手なのかなぁ、文系だし(適当)」とも思ったのですが、今さら購入したモンハンでは、武器とか防具の数値細かく計算したり調べたりするの苦じゃないので、本当に今のところ興味がないんだと思います(笑)

 

麻雀やポーカー、バカラ花札もルールは全然わかりません。ギャンブルでわかるのはじゃんけんとビンゴくらい(笑)しかも後者2つは基本的に身銭を出さずに参加できて、運がよければ商品ゲットできますから。どうでもいいですが、私はビンゴ運は強いです。会社主催の大会で現金、商品券などの金目の物をよくかっさらっております( ̄ー ̄)

 

ただ「だからこれからもやらないでいられる」って保証はないなとは思っています。依存症のことを勉強して誰でもなる可能性があるって知ったので「絶対行くのよそう((((;゚Д゚)))))))」とは思いましたが、私だってきっかけさえあればギャンブルをするようになって依存症に……っていうのはあながち不安の先取りではない、と肝に命じています。これからもし、御縁があっておつきあいする人ができたとき、ちょっとだけやってみようかな?なんて思わないとも限らない。ルールを覚えたら、お金がなくなったのがトリガーで「ギャンブルで増やそう」なんて考えが頭をよぎる可能性だってあります。THE不安の先取り発動ですね。

ただ依存症になってしまったときにどうすればいいかっていう知識は得られたので、不安の先取りならぬ安心の先取りはできているなーと、心配な中でもほんのり自信を持って過ごしてます。

 

 

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かけられて悲しかった言葉を前向きに捉えなおす

ギャンブル依存症の知識がまだまだ浅いころの話ですが、元夫の度重なる借金と止まないギャンブルにプッツンした私は周囲の人にダムが崩壊したかの勢いで暴露し、相談&話まくりました。(衝動的で馬鹿な行動でした。穴があったら入りたい……)

その結果、自助グループの先行く仲間はもちろんのこと、親しい友人も共感してくれ労わってくれて、凄くスッキリ!胸のつかえも取れた!……一方で、身内含む病識があまりない一部の人からは傷つくことやモヤっとする一言を言われたりして凹むこともありました。

元々私に配慮がなかったことに加え、彼らなりに励ましや鼓舞してくれようとしていたのは理解できるんですが、一緒くたに責められたり、的外れのアドバイスをもらい苦しくて窒息しそうになったこともあります。今日はネタがなくなってきたのでそのことを書いて、なおかつ前向きに捉え直す記事にしました。

 

(1)偏見系

 

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これは当事者含めて圧倒的に投げられることの多い頭3つ分くらい突き抜けてる言葉。かく言う私自身も元夫が病気にならなければ、上記の側の人間でした。それ以前はギャンブルで生活保護とか聞くと「私たちの税金を無駄遣いするなんて許せない!」「どうしようもないだらしのない人!」と怒ってました。今も正直に卸すと、そのようなことを臆面なくTVなどで言う人を見ると眉をひそめてしまいます。だけど同時に「この人たちは治療に繋がるべき」という新しい考えが芽生えました。ギャンブル依存症はれっきとした病気。けどまだまだ「本人は楽しんでやってるはず」「何でも病気のせいにするな」と誤解も根強いです。やっと認知されてきた「うつ病」や「アルコール依存症」すら、本人の気の持ちようだって言い張る人、いまだにいます……。私は自分自身がこの偏見を取っ払えたことがよかったと前向きに捉えたいです。

 

(2)家族が叱咤される

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当事者が弱っていたり当たっても響かない(多分病気のせい)せいか、代わりに配偶者や家族が責められるパターンはよくあると思います(共犯扱いされたりとか)私も向こうの義兄に責められましたし、実の母親からも「あんたにも悪いところがある」と言われて泣きそうになるどころか嗚咽が出るくらい号泣しました。

二世タレントの不祥事でも親御さん(特にお母さん)が「甘やかしたに違いない」と責められるシチュエーション、多いですよねー。人気商売なのもあるせいか、親御さんも「自分たちの監督不生き届き」だって謝っちゃうことが多いです。

けど、間違いのない育て方が確立されているのであれば、どうして世の中にそれが広まって周知されてないんでしょう?売れっ子やそうでないに限らず、二世タレント全員がそうなってるわけでもない。それが答えだと思います。配偶者の場合も然り。「何でもっと早く気づかなかったの?」「家族なら気づいて当たり前」って言われても私たちには千里眼なんかないし、そんな特殊能力あったらもっと有意義に使ってるYO!

 

(3)結果を知った後や神視点からの勝ち馬乗り

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汚い手書きでも書いてますが、リスクを事前に全部回避するなんて無理。それこそ「結婚しない」しかない。(親御さんの場合は子どもを産まない)だけどそんなの悲しいじゃないですか。リスクを回避することばかりに注力するよりも、必要以上に不安に囚われないこと。起こったことにどう対処するかにも着目したほうがいいと思います。個人的には私は自助グループに繋がる、相談機関などを調べて連絡してみるなどをしたことで「1人で抱えず誰かに頼る」ということの大切さが身に染みました。

 

(4)勘違い達観系

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偏見と若干被りますが依存症までいかずとも、お金の管理の仕方や得手不得手は人それぞれ。お金の使い方や考え方、価値観に男女差はないと思います。ラノベの無敵主人公か、バーのイケてるママのなりきりだと思ってスルーするのが吉だと学びました。

 

(5)的外れだったり若干ずれたアドバイス

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美味しいご飯を作ろうと、労いの言葉をかけようと、病気が進行している依存症者には届かない場合があります。うちがまさにそうでした。「プレッシャーになる」「重い」「鬱陶しい」と無下にされましたから。居心地いい空間・環境づくりは相手をどうこうしようという目的でするよりも、自分のためにやったほうがいいです。

 

(6)家族愛で救ってあげなさい、助けてあげなさい

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あなたがその博愛精神で何とかしてくれ。依存症界で有効な愛は「タフラブ」の手放す愛です。このような歯の浮くような台詞は心に響くどころかヒビを入れてきますので、保安距離を取りました。家族が支えてあげなさいってよく言われますが、支えが必要なのは当事者だけでなく巻き込まれた家族もなんですよね。嘘をつかれ続けて人間不信に陥ったり、膨大な借金に途方に暮れたり、自分たちの未来が不安etc当事者以上に参っているケースもたくさんあります。家族は支援者である前に、ケアが必要な当事者です。

 

(7)知らないものはおかしいものに違いないって決めつけ

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これは自助グループに行くことについて投げかけられた言葉です。自助グループ知名度が低く馴染みもないし、多くは匿名でひっそりと活動してるので胡散臭いと感じる人の気持ちは理解できます。けれど私はこの言葉を投げかけてきた人よりも、自助で出会った人、自分がそこへ行ってどう感じたか、を大事にしました。私は依存症という正体や自助に辿り着けた人には、この見極める感覚が備わってると思ってます。

上記のように「自助グループなんて愚痴を言い合う傷の舐め合いじゃない」と心無い言葉をかけられたこともありますが、今ならこう答えます。「傷は舐め合ったほうが早く治るもんねー」って。

 

ーーーー番外編ーーーー

 

(α)勝ち方を知らないだけ。ギャンブルは必ず勝てる方法があると力説

 

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ギャンブルの話になると、必ずと言っていいほどこういう人が出没します。残念ながら心底どうでもよくて興味ないのでスルーしてます。

 

 

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恨めしや

35度を下回ると「あー今日は快適で涼しいわ☆」と錯覚するくらい感覚がおかしくなっている今日この頃です。

 

依存症という病に触れていると『恨み』というワードをよく見かけます。当事者の家族だったら嘘をつかれまくったこと。お金の無心や使い込み。尻拭いせざるを得なかったこと。本人の態度etc腹が立つを通り越して恨めしく思うことたくさんあると思います。もちろん当事者のかたも、家族に対して言いたいことはあるでしょう。

 

病気から少し離れた家族間でも、些細な諍いや恨みは発生すると思います。逆に家族だからこそ許せない!っていうこともたくさんありますよね。

私も当初は元夫の態度やされたことに対して腹が立って、それこそ「◯んでしまえばいいのに……」と幾度となく思いましたが、自助グループツイッターで沢山の人と繋がったこと。離婚したこともあり段々とそういう気持ちを手放せつつあります。今日はまだ残っているわだかまりの中で、ほんの小さなネタを投下します。

 

私が元夫に対して抱いている小さな恨みはゲームのことです。

何を隠そう私は生粋のゲーム好き!

昔は『徹夜でゲーム大会(BYぼっち)』と称し、コントローラー握って寝落ちするまでやり込んでました。

今は年のせいか日付が変わる前には「もうやめよ」と自制と自省が効くようになりました。(ですから多分ゲーム依存ではないと思われます。オンラインゲームは興味ないし、スマホのガチャゲーもやりたいと思えない。じっくり据え置き派で週1~2日やればいいほう)

 

そんな私が若かりし頃、トラウマを植え付けられたゲームがあります。

カプコンバイオハザードです。

 

 

元祖日本のゾンビゲーム!当時のPSの看板作品の一つと言っても過言ではないくらい有名かつ、現在まで続く人気シリーズ!映画にもなりました。

 

今のバイオシリーズのキャラクター操作って、十字キーや左スティックを上下左右に動かせば、行きたい方向にキャラが向かってくれますが、当時は行きたい進行方向にキャラを向けて、十字の上を押すラジコンと同じ操作方法だったんですよね。だから慣れていないと操作がとってもやりにくい!

おまけに舞台はゾンビがウヨウヨいる仕掛けだらけの変な洋館。そして私は大のお化け嫌い。(ソフトは弟が買いました)けど好奇心が勝って、恐る恐るプレイしたんですよ。

 

主人公は男キャラのクリスと女キャラのジルの2人。私はジルを選んでスタート。そして探索して間もなく、かの有名なワンシーンであるお食事中のゾンビに初遭遇。

↓↓↓こんなシーン↓↓↓

 

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下手くそとか言わないで……。(絵なんて久しぶりだし、イラストソフトもアップルペンシルも不慣れなんだ!)

 

逃げることもできたのですが、なんせ操作はラジコン式。パニックになった私は反撃も逃亡もできず、そのままゾンビに捕まり……(以下略)

 

ゲームオーバー。

 

以来初期無印には二度と触っていません。(弟がクリアするのを真横で眺めてました)

 

そんなトラウマと雪辱を味わってからウン十年が経過したある日、PS4のフリープレイ(オンラインが遊べる有料会員に月ごとに配信される無料ゲーム)になんとバイオハザードHDリマスターが登場したのです。

 

「これはリベンジのチャーンス」と早速インストール♪

 

もうヘタレな子どもの私じゃないぞー!ゾンビだろうと屍人だろうと何でもこいやぁ!と当時と同じジルを選んでプレイ開始!そしてとうとう例のゾンビと相まみえました。

 

が、怖くて逃げました。゚(゚´Д`゚)゚。

 

が、なんと追ってきました((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

 

ダイニングまで逃げてきたら、仲間のオッサン(バリー)がいて、代わりに殺してくれました。

私「オッサン卍でありがとう!(よし、ここからは一緒に行動よ!)」と思ったら

オッサン(バリー)「二手にわかれて行動しよう」

ジル「わかったわ」

私(いやいやいやいやいや!お前ら何言ってんの???こういう場所では一緒に行動がベストじゃん!特殊部隊だからって舐めプはいかんから!)

 

残念ながら私の悲痛の声は届かず、泣きながらボッチで屋敷の探索開始。

なんせこれが初プレイに近いので、リメイク&リマスターあるあるの昔の内容を覚えていてっていうのができず、ヒーヒー言いながら屋敷を駆けずり回りました。

それでも段々慣れてきて「ちょっとゾンビをナイフで殺ってみるか……」と欲を出したら、ダメージ食らいまくったので断念。そして進めること数時間、庭の墓地っぽい場所へ出ました。そこがもう見るからに暗くて湿っぽくて何かが出てくるぞーって感じの場所なんですよ!ここで恐怖がMAXになったので、帰宅した元夫に懇願したのです。

「ごめん、このシーンだけ怖いから一緒にいて!」

「えー嫌だ(心底面倒くさそうに)」

 

カチン。

 

いや、いいんですよ。たかがゲームだし、怖がりの癖にこんなゲームに手を出した私が悪いんですよ。

 

けどもうちょっと優しさを持ってくれてもよくないか?!と。

 

結局怖くて先に進めずそこで断念。私の無印バイオはまたも中途半端に終わりました。

ちなみに同じようなことが期間限定で配信されていた体験版フリーゲームPT(メタルギアシリーズの小島さんが作ったホラゲ。サイレントヒルの続編だったけどお蔵入り)でも起こりました。真横でグースカ寝られて恐怖とイライラで気がおかしくなりそうでした。ゲームのほうは途中で怖くて先に進めずに、結局有名実況プレイヤーさんの動画を見ました(怒)

 

以上がささやかな恨みのひとつです。いまだに思い出してはモヤモヤしますが、いつかバイオを一人でクリアできた日に、この想いはきっと昇華できるでしょう。しばらくする気ないですがw

 

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盆暮れ正月

帰省ラッシュの時期ですね。この時期になると心がざわつくAC傾向の強い人や、憂鬱になるってお嫁さんの立場の人は少なくないと思います。

TVをつければ公共交通機関の混雑状況や渋滞に加えて「おじいちゃん家で虫取りするのー」という無邪気な子どもや、「海外でリッチに過ごしまーす」系のインタビュー。外へ出れば家族連れがいっぱい。引きこもれば光熱費がかさむ。しょうがないのでレイトショー観たり、本屋巡りしたり、お昼寝したりとソロ充ダラ充を満喫しております。

 

そういう我が家でも弟がお盆に帰ってくるこないで一悶着ありました。

何でも希望日の夜に私がいないのがちょっとした障害になったようです。これは断じて弟が私に会いたいとか、そんな嬉しい理由ではなく不仲の弟と父親の緩衝材(すなわち私)がいないと困るのだと思います。

 

正直「何じゃそりゃ、知らんがな」です。

私は前々からその日は用事があると伝えていましたし、先約優先ですからね。

 

弟はもとより母もそういう役割を私に期待していたようで、しきりに「用事があるのよねぇ……」「それって何時から何時にあるの?」と探るように尋ねてきたので「うん!前から言ってた通り夜はいないよ^ ^」と壊れたラジオのごとく繰り返しました。

 

仲裁とか緩衝材とか、私はもう、そういう役割を降りたいんですよね。みんなの顔色を窺って、各々に話を振って気を遣ってその場を和やかに保とうとか、空気を維持したいと思えなくなりました。

それをやったところで劇的に仲がよくなったり関係が修復されるわけでもないし、下手すればいらないお節介にしかならない。何より自分が疲れる!!!

そういえば母の還暦のお祝いのときも、母と喧嘩していた弟を説き伏せて出席してもらって、誰かが黙り込んでいたり会話に参加していないと話を振ったり、輪に入れるよう気を遣っていたっけなぁ。それだって楽しかったとかいい節目になって感無量って気持ちよりも「しんどかった……」っていう言葉が真っ先に思い浮かぶ有様です。

 

上記の弟の帰省の流れで母親から「でもおねえちゃん(ん?私には弟と妹一人ずつしかいなかったはずだが???)が緩衝材になってくれないと、私もお父さんと二人でなんて暮らせないわー」と申しておりましたので「私だっていつまでもいないよ^ ^」と笑顔で伝えました。室内温度が一気に下がったように感じたのはきっと気のせいでしょう。

けど冷たいようですが父と母の不仲はお互いの問題。お互いが自分たちで適切な距離感を探って見つけてくれればいいなぁと祈るくらいしかできないんですよね。弟の一件も然り。

お互いのどちらかが「仲を取り持ってほしいから力を貸してほしい」って言うのであれば別ですが、シラーッとした空気の中、誰に頼まれるでもなく一人気を揉んで、あくせく滑稽なピエロになるのはもうやめます。そういう風に振る舞うと、自然に「そういう人、キャラ」って定着して、無意識に期待されるようになると思うので、当てにできない人、くらいがちょうどいいんじゃないかと思います。これからはそんなキャラでいきます。

 

そもそも、うちは親戚が集う行事や墓参りの慣習もないし、無理してお盆に帰省しなくてもまた都合のいい日に帰ってくればいいのにねーと思った一件でした。

 

ちなみに妹夫婦はお中元のビール(私は飲めないけどw)を送ってきたのみで、自分たちのお休みを満喫してる模様です。積極的に帰りたいとか行きたいって思わない限り、これくらいの距離感が一番楽な気がします。

 

 

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ACのワークブック再び

半分放置気味になっていたACのワークブックにようやく手をつけました。はい、仕事が忙しいというのは言い訳で、後回し後回しにしていたのは単なる私の悪い癖です(猛省)

 

今は後半の怒りのチェックの欄なのですが、一週間を目安にどういうときに怒りを感じて、度合いや時間(どれくらい腹が立っていたかとか)を細かく日記に書いていく作業をしています。

 

今は4日目なのですが……まーぁ毎日毎日このクソ暑い中、しょうもないことで怒ってますね〜私って(大爆笑)

笑える部分だと、下らないネットのニュースとか、読んでる小説や視聴している映画やアニメの展開や登場人物にムカムカしたり。

ステマのごとく出てくるハズキルーペのCMも嫌。

この沸点の低さはバカバカしいを通り越して、もやは自分がアホで愛おしいです(笑)

 

……冗談はこれくらいにして、前半を折り返して気づいたのが

 

〇私はやっぱりコントロール欲求(相手はこう反応すべき、とか自分の思う通りに周囲に動いてほしい、動くべきという思い)がかなり強い

〇先取り不安やプレッシャーが充満していると、ちょっと摩擦が起きたり引き金を引いただけで怒りが増殖する

〇自分のペースを乱されるとイライラ……(これも支配欲求の一種)

〇イライラする元から上手に距離を取ったり離れるのが苦手。対処のスキルがなさすぎる

 

ざっと日記を見直しただけでも上記の傾向が見えました。これからこれをもとに掘り下げていく作業がありますが、今の時点で「うわぁぁぁぁぁぁぁ嫌ぁぁぁぁぁぁ!」ですよ、ほんと……。

文字に起こすと認知の歪みだったり、勝手な解釈だったりが続々と浮き彫りになって頭を軽く抱えました。マジで。

 

ワークブックをザッと先読みしたところ、怒りの感情の下には別の感情が隠れていることが多いみたいですね。寂しさや不安、恐れや罪悪感などなど。

そして怒りの放出は、親から受け継いでいたり(私の場合は間違いなく父親譲り!)、怒りを出すことで報酬(周囲が気を使ってくれたりなど)を得られたり、怒ること自体に依存していることが多いそうな。ほぼほぼ当てはまるのが辛い。

 

この数日でイラッとしたことの中で群を抜いて目立つのが誰かから頼られたり、お願い事をされたこと。仕事もそうですが、プライベートや家族間の頼まれごとが立て続けに発生したのです。この暑さに加え会社が繁忙期に入ってピリピリしていたのもあり、お願いされた瞬間、脊髄反射のようにムッとする自分がいました。

 

私は第一子の長女で、昔から親兄弟から頼られることが多かったです。友人間でも弱音を吐かないしっかり者として通っていた気がします。それが自己評価に直結していて頼りにされること=自分の価値のように考える思考回路ができています。

一度できた回路はなかなか消えないんですよね。だから人から頼られなかったり、逆に誰かを頼ることは自分がだらしない、恥ずかしいし弱いことだっていういびつな考え方が身についています。そのせいか誰かに臆することなく甘えられる人や、弱さをさらけ出す人に対して、上記の歪んだ考え方や劣等感から心で非難したり軽蔑する悪癖も持っています。親に甘えて可愛いワガママを口にする小さな子どもを無邪気だと思いつつも、どう接したらいいか戸惑うのも上記が原因かもしれません。最近は年を重ねたせいか、やっと可愛いなと思えるようになって、少々やんちゃしてても目尻が下がるようにはなりました^^少しは成長できましたw

 

人間って勝手なもので頼られることを誇らしげに感じていた反面、面倒だったり負担に思う自分もいました。「私ばっかり!」って。上記に挙げたイラッとポイントもまさにこのことですよね。

いまだに離婚の際も「周囲に迷惑をかけてしまった」と引け目に思う自分がいますし。(逆の立場なら快く協力したり手助けしたりできるのにね)

自責の念。私ばかり当てにされるという思い込み。そんな不安や罪悪感が変化し、おかしな怒りへと進化してるのもあるんじゃないかなーと推測します。

 

これからこの認知の歪みを紐解いていったり、他の解釈を考えたり、怒りの昇華を学んでいくことになると思うんですが、まぁのんびりやっていきます。頭の中だけで完結させず、書いたことで客観的に見ることができたのはよかったです。このワークはしばらく続けていこうかな?と思います。

 

 

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女心と秋の空と強迫的ギャンブラー

まだまだ猛暑真っ只中で季節を先取りするのは気が引けますが、病的ギャンブラーだった当時の元夫の気の変わりっぷりに比べたら、秋の天気も女心も穏やかな春の兆しの如しです。それくらい強迫的ギャンブラーの感情の起伏は激しかったです。そんな状態で発する言動に私も一喜一憂して振り回されておりました。

 

以前、元夫の病院行く行く詐欺の一件をお話しましたが、おそらく元夫はその瞬間は病院に行こうと思っていたーー何となくの勘ですが、私はそう感じています。ただその気持ちが持続しなかっただけかなと。本人は「手持ちのお金だけで病院代が足りないと恥ずかしかったから行けなかった」と言っていましたが、この言葉はいまだに鵜呑みにはしていません。だって強迫的ギャンブラーは嘘つきだから。

 

以前も記事に引用したことあると思いますが、私が感銘を受けた言葉のひとつに

<ギャンブラーの言葉と涙は信用するな>というのがあります。

お金を引き出すためなら平気で嘘つく。泣いて謝った数秒後にはペロッと舌を出しているetc

ギャンブラーのタイプは様々でしょうが、ギャンブルやお金の件で嘘をつくという行為は概ね共通しているかと思います。

 

うちの場合は隠れてギャンブルと借金を重ねていったのはもちろんのこと

 

「ちゃんとする、迷惑はかけない」→具体性に欠ける上、さらに悪化した状態で2度目3度目が発覚

「病院に行こうと思う」「施設に入ろうかな?」→決意表明、宣言のみで終わる

「もうギャンブルはしない」→影でずーっと継続してたり、見事に再発

 

とにかく行動で示すよりも、言葉(嘘)で終わらせる、その場を取り繕うことが多かったです。これは依存症者だけに限った話じゃなく私自身にも言えることですが、口だけすぐにマイナスの印象や評価を覆そうとしたり、相手を説得しようとか納得させようとしたりとかしちゃうんですよね。

「宿題やったの?」→「今からやろうと思ってた!」的な。酷いのになると「やろうと思ってたけどそんな風に疑われてやる気がなくなった」とか言い出しますから。指摘されて慌ててやるほうがまだ可愛げがあります。

 

嘘にも意図的な嘘(借金の額を正直に言わないとか、隠れてギャンブルに通うとか)と、約束をふいにして結果的に嘘をついたことになった(箇条書きにした上記3つがそれですよね)の2種類があって、いずれにせよ私……私たち家族は嘘をつかれた、裏切らたとショックを受けます。今なら「強迫的ギャンブラーの二大特徴は嘘と借金だしね」と言えますが、わかっていても嘘をつかれたり、あざむかれることは傷つくし嫌です。私だってまだ籍を入れていたとしたら、こんな風にブログにおちゃらけて書くことはできなかったかもしれません。

 

夫婦という贔屓目の入る関係でも、傍目に見て元夫の感情の移り変わりは本当にめまぐるしかったです。ギャンブルと借金という病気真っ只中にいたときは、死にそうな顔だったけど、私にバレてからは憑き物が落ちたようにスッキリとした清々しい顔に変わったり(馬鹿な私はこれを「反省して元の夫に戻った!」と勘違いした)

別居後は段々と生活と心身が比例するように荒れていって、目つきも悪くなっていました。私がいなくなったことよりも、ギャンブルが止まらず金策がうまくいかなくなったのが主な原因かと思います。提案(元夫にとっては小言)に対しても『貝になる』を貫き、病気が進行してくると「わかってるから!」とこちらの話を苛立った様子で遮るようになりました。

元夫はあまり感情をむき出しにして怒るタイプではなく、どちらかといえば理性的で穏やかな人だったのでビックリ!病気がそうさせたのか、それともギャンブルという防波堤が崩れかけたことで元夫の抱えている内面が出てきたのかは不明ですが、本当に別人のようでした。おかしなことを言い出したり話が通じなく、宇宙人の方が意思疎通うまくいくんじゃ?とすら思いましたもの。(今考えれば別の人間なんだから意思や意図が全部通じるっていうのもおかしな話なんですけど)

 

けどそれ以上に病気って怖いなって思ったのが、感情の振り幅が大きくなっていたことです。ケロッとしたかと思ったら、死にそうな顔をしている。しばらくするとやけに仕事に意欲的になったなぁ思ったのも束の間、段々イライラしてるのか言動が乱雑になる、と、明らかに情緒不安定で、冒頭で述べた通り感情の起伏が激しくなっていました。今、改めて振り返るとそう思います。

 

けどあのとき、対峙していた私はそれが見えてなかったんですよね。

 

当時の私は過去の姿こそが本当の夫だと思い込んで、今の目の前に立っている元夫(イコール現実)が見えていなかった……見ようとしていなかった気がします。そういう意味でも、家族内だけで抱え込むことは得策じゃないな、と。家族間だと目をそらしたり、曇りまなこになってしまうのはあるあるですから。

病識があって冷静で線引きのできる第3者という外部の風を入れることは大事だなと痛感しています。

 

元夫はギャンブル依存症(主観ですが、かなり病気は進行していたかと)ではあったけど、それさえなければ真面目で優しい人でした。結果的にギャンブルによる借金がきっかけで離婚になりましたが、依存症関係のない夫婦間の問題はうちにもあって、私にも悪いところはありましたしね。けど、それはどの夫婦でも一緒だと思います。完璧な夫や完璧な妻なんていないし、お互い足りないところを補いつつ……だったり「できないからしゃーないよね」と許容しあったり、それぞれの形で一緒にやっていけたらよかったけれど、私たちはそれぞれの人生を歩こうって結論を出しただけ。

 

今の知識量で1年前に戻れるのなら、相談できる人や機関に相談する。もっとできるなら「決意表明じゃなく、病院に行って診断書を貰ってきてから言って」と手を離すこともできたかもしれない。介入してくれる人がいると知ってからは思い切ってお願いして、施設や病院に繋げてもよかったかもしれないなー、なんて思いますけど、これだってやったからといって私の思い描いていた通りの結末になるとも限らないですよね。

 

ついつい「たら」「れば」を考えてしまうけど、無意識に考えてしまうこともだし、考えてもしょうがないことです。

私の正解は今やこれから先に作ることだってことで、のんびりやっていきたいところです。

 

 

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私の自助通い2/2

MTに出向いたときって不思議なもので、帰りのバスの時間調べてると「大きい駅まで送りますよ^^」とかありがたい申し出があったり、全然眠れなかったのにMT後はスッキリして帰りのバスで爆睡できたりと、ちょこちょこいいことがあったんですよね。休憩時間に差し入れのお菓子食べながらワイワイしたり、野菜のおすそ分けもらえたりとか♪家族の人って優しくて親切で世話焼きの人ばかりです。これは回復してるギャンブラーさんも同様で、彼らの温かさはツイッターとかでも感じます。

 

これはあくまで私個人の解釈なのですが、こういう大きい力って、自助に通ったり無力を認めたら得られるようになったっていう与えられる恩恵じゃなく、元々この世に溢れてて、自分がそれに気づかないくらい鈍感になっていたり、傲慢になっていたんじゃないかなーと。(あ・く・ま・で、私なりの考えですので悪しからず!)

前述した送迎の申し出だって、今までの私なら「送迎なんていう迷惑をかけて申し訳ない!」と卑屈になっていたり相手に対して「手間をかけさせてしまったor貸しを作ってしまった!すぐに返してフラットな関係に戻さなきゃ!」(こうやって文字に起こすと極端な考えだなぁ)なんて思って、引け目に感じていた気がします。今でもちょっぴりその気はありますが、前に比べると素直に「あざーっす!」とありがたく受け取って私は私にできることで、その方はもちろん他の人やグループに貢献していこう!って考えられるようになりました。(と言ってもたまーに回ってくるチェアマンくらいしかできないのが現状……トホホ……)

 

上手く言えないけど、何か起こった時に真っ先にに浮かんでくる感情は絶対になくせない。けどその後になだめて落ち着かせたり、それに続く行動を変えることはできる。それは最初は1人では無理でした。自助を始めとするいろんな力を借りれたおかげで、少しずつできるようになりつつあります。逆に言えば、この行動が変わる(戻る)と前のような考え方や、やり方に戻っちゃうのかなーと思うと怖いので、これからも自助通いは続けていきます。今後は他県の違うグループとかにも、機会があればお邪魔してみたいなーと無駄に好奇心のある私は密かに企んでいます。旅行がてら一度東京にあるグループにお邪魔したら楽しかったので( ^ω^ )

 

それと自助グループって必死こいて、頑張って通わなければいけないってプレッシャーに感じるものでもないと思います。前回の記事で、毎日歩いてる人がいるって書きましたけど、そういう方は入院されてたり回復施設に入居してて、そこで(半ば強制的に)MT受けてる当事者さんだったりするので。毎日プログラムやMT三昧でも、家族に口うるさく言われて仕方なく入って、嫌々受けてたり慢性で出てるって姿勢だと、あんまり意味ない気がしますし。(回数をこなすうちに、徐々に徐々に考え方が変わってくる可能性はありますけど)

ただ自分の足で歩いてる人もいるんですよね。そういう方たちは周囲に誇るために通っているわけではないでしょうが、私なんかは「凄い……」ってただただ感嘆。

けど同じようにしなくても、できなくてもいいかなと。でもそういう方とお話できる機会があればしてみたいなー!とは思います。

 

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